漢字で歌を記す(ショート・ショート・ストーリー・4)
九州は大宰府。長官大伴旅人は雪のような白梅の下で都での日々を追懐する。二度と麗しの都で花を咲かせることは出来ぬだろう。由緒ある氏族はすべて藤原氏に潰された。次は我が大伴……
「息子よ。漢字で倭歌を記した歌集を作るのだ。我の齢ではもう出来ぬ。帝様の歌から百姓たちまで、佳き歌すべてを漢字で記すのだ」
「何のために」十二歳の家持はつぶらな瞳で父を見上げる。
「あの梅の花のように散ってしまうであろう大伴家の生きた証となすため。倭言葉の旅を書きとどめるため。心細し倭言葉の旅を」
翌年旅人は没。三十年後、家持は政変の嵐の中、万葉集を編纂。大伴一族は歴史から消えたが、万葉集は千年余の旅を続け、今も旅の途上にある。
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