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小説・投資詐欺の行方;消えた4百万円(7)最終章 ~ 幻の城
見方が現れた。どこかに消えた元従業員が電話で真山の詐欺立証に役立つ情報をくれたのだ。
誰かは分からない。だが、電話をもらった人には分かっている。あの人だ、と。
「地方から出て来て一生懸命働いていただけなのよ、巻き込むのはかわいそうだから名前は言えない」
「そうね。あの子たちには罪はないのだから」「わたし、昨日、真山を呼び出した」「それで、あいつ、出て来た?」「出てきたよ。呼び出す以上は手土産と思って水羊羹もっていったの」「バカじゃないの。詐欺師になんで手土産を」「コーヒー代は?」「わたしが出した」「……」
「で、あいつ、自分が払うと言わなかった?」「言わなかった」
そんな会話。どこか間抜けなお人よしの集団。だから詐欺にひっかかったのだ。利口で用心深い人には詐欺は近づかない。
なんだかんだ躓きながら、それでも、探偵社のよう子の指揮下、経理をやっているという女が会計報告と書類作成を、連絡係はスーパーのパートをしている若い女が引き受け、なんとかことは進んで行った。
わたしは債権者会議すべてに出席し、質問すべきことは質問し続けた。会社勤めが長かったから、人前で話すのは苦にはならない。要領よく、聞くべきことはちゃんと聞いて、社長に伝える。
それが仕事だったから。
倒産通知を受け取ってから三年の月日が流れた。数百人の債権者がいるのに、事件は報道されることもない。世の中にはもっと大がかりな詐欺が横行している。警察からすれば、こんな事件は事件のうちにも入らないのだろう。
そんな折、一通の封書が。
差出人は書かれていない。開けると手帳の一部のようなコピーが折りたたまれていた。
真山と誰かの打ち合わせがメモで記されている。日付はユミが退社する一か月前からのものだ。
ユミさんだ……。
すぐに紺野よう子に送った。詐欺を立証する手立てになるかも知れない。
「山辺さん、裁判が始まったら、弁護士役引き受けてくれません?」「わたしが?」「弁護士つけるお金がないの。お金が要るとなったら会を脱退する人が出てくるから」「……」「台本は私が作るから」「そんな……」「やるっきゃないのだから、やって」
あれこれ考える暇はなかった。お金がない以上、自分たちでやらなければならない。そもそも自分が仕出かした不始末なのだ。
わたしは引き受けた。警察や裁判所に行って訊きながら、質問内容やら、形式やらを整えて行けば何とかなるだろう。
わたしの四百万円を盗んだ人、『やったもの勝』で終わらせてなるものか。
だが、事態は予想できないこととなった。
一月ごろから広まりだした正体不明のウィルスが日本中に蔓延、あっという間に世界中に。すべての集会活動は自粛。債権者会議も当面先送りとされたのだ。
すべてチャラ、疫病ウィルスでチャラ。
加害者は逃げおおせ、被害者は泣き寝入り。不正も正義もない。ウィルスの手に捕まらないようにするしかない社会になったのだ。
桜も散って、若葉の香るころ、一通の封書が。差出人、小林林ユミ?まさか……。封を開ける指が震えた。
『手帳のコピーが役に立ったかどうかは分かりませんが、山辺さまのご親切を裏切った自分が今でも許せません。辞める三カ月前に会社の倒産が近いことを感じていました。山辺さんに言うべきでしたが、言えませんでした。すみません』
幾度も読んだ。千切って捨てた。彼女のことは終わりにしよう。彼女は普通の働く女性だったのだ。そう思うことにしよう。
コロナが終息したら、私たちはまた集まる。素人の集団だが、警察に真山を告訴させたい。そこまではやってみたい。
散歩に出た。夫は夫でどこかへ散歩に出ている。それでいい。お互い、好き勝手に生きればいい。明日の命さえ見通せない世の中だから。
あんなマンションで一人暮らししたかった。あの四百万円があれば……。
見上げる日差しの中、小さな白いマンションが眩しく輝いていた。幻の城のように。
終わり