ぼくたち英語教師は、英語教育のペテン師であり、詐欺師だった。
これまで英語教育は中学校からのスタートでした。小学校を卒業した子供たちは、英語という未知なる科目を学ぶことに胸を躍らせて入学してきます。しかしもう夏休み前にはその胸躍る興奮も感動も消えて、一年後にはクラスの三分の一が脱落します。二年目には半数の生徒たちが脱落していきます。脱落した子供たちの大半が英語嫌いになる。もうそれは深刻で、英語を憎むようになる。これが現在の英語教育の実態です。
ところがいま文科省は英語教育を小学校にまで引き下げ、しかも三年生からスタートさせようとしている。この改革は子供たちの日本語を衰弱させ、英語が嫌いな子供の層をさらに拡大させ、英語嫌いをさらに深化させていくだけではないのか、ぼくにはそんな改革のように思えます。日本の英語教育の根幹は文法英語と受験英語です。英語の授業とは生徒たちに文法英語と受験英語を教えることです。ということは日本の子供たちは、小学校から文法英語と受験英語を学ばねばならないということです。
かの島崎藤村に「破壊」という教師の物語がありますね。尋常小学校の瀬川丑松という教師は、自分の出自をいつわって教壇に立っている。自分の正体を隠して生徒たちに教えている自分がどうしても許せなくなった。そしてとうとう丑松は、教室で生徒たちにそのことを告白します。そして新しい人間になっていく。日本の英語教師はいま瀬川丑松と同じ場面に立っているのではないのか、ぼくたち英語教師は、英語教育のペテン師であり詐欺師であった、そのことをいまこそ告白懺悔しなければならないのではないか。
戦後、英語教育が導入されてもう八十年近くたちました。この八十年間、日本人は膨大な時間を費やして英語を学習してきた。しかし大多数の日本人はまったく英語が話せない。八十年です。八十年という歴史の蓄積があるなら、少なくとも勝率が一割とか二割になっても少しも不思議ではない、日本の総人口は一億二千万人だから、その一割は一千万人、二割は二千万人の日本人が英語を自由に話せるようになっていいはずなのです。しかし八十年たっても依然として一パーセントそこそこです。ぼくたちはこの事実を直視すべきです。ぼくたちが教えてきた英語は英語ではないのです。文法英語や受験英語は英語ではありません、英語でないものをこれが英語だとして、日本の英語教師たちは八十年間にわたって生徒たちに授業してきた、これが詐欺的行為、ペテン的行為でなくてなんでしょうか。
対話篇
──ぼくは、まあ、たいした英語教師ではないけど、このコラムはちょっとひどくないか。日本の英語教師は英語教育のペテン師であり詐欺師であったなんて。
──そうかな、正確に真実をついていると思うけどね。だって君たちは文法教育を学んでいけば、英語が自由に話せるようになる、英語が君たちのもう一つの言葉になるって生徒たちを鼓舞して、毎日の授業に取り組んでいるんだろう。しかしそれは真実ではなかった、それは嘘だったってことを、このコラムは指摘しているわけだよ。
──君の言っていることはよくわかるよ。しかしぼくはやっぱり文法教育を捨てることはできない。これを捨てたら日本の英語教育は崩壊するよ。
──それこそ《草の葉メソッド》がめざしていることなんだよ。文法教育という巨大な帝国を打ち砕かんとしているメソッドだからね。
──英語が自由に話せるようになるには、学校の授業からさらなる厳しいトレーニングが必要で、その厳しいトレーニングを支えるのは文法なんだ。文法という基礎土台がなければ、そんなトレーニングができない。ぼくがね、英語がわかるようなったのは、文法を学習したからなんだ。文法が分かったから英語がすらすらと読めるようなっていた。文法というのは、やはり語学学習の基本なんだよ。
──それは一パーセントの思想だ。君は一パーセントの人だよ。
──なんだい、その一パーセントの人って?
──君は文法をマスターした、そしてアメリカに留学して、英語を自由に話すことができるようになった。つまり君は英語を話せる一パーセントの日本人になったわけだよ。
──ぼくの英語なんて、そんなに誇れるもんじゃないよ。
──君たち一パーセントの成功者たちにとって、日本の英語教育は最上のメソッドということになるんだろうな。つまりね、日本の英語教育って、この一パーセントの人たちのためにあると思うんだよ。一パーセントの人たちによってカリキュラムが組み立てられ、一パーセントの人たちによって授業され、そして一パーセントの生徒たちだけが英語という言葉を獲得できるようになる。
──それが、一パーセントの思想というわけか。
──そのとおり。日本の英語教育はこの一パーセントの思想で組み立てられていて、まったく英語が話せない九十九パーセントの思想がどこにも入ってない。《草の葉メソッド》は九十九パーセントの思想、つまり英語が話せない日本人のために組み立てられているんだ。
──文法教育を禁止せよという思想か。
──その通り、《草の葉メソッド》って過激で危険な思想でもある。とにかく文法教育という呪縛を粉砕するために、文法教育の尻の穴にダイナマイトを詰め込んで、吹き飛ばせという思想だからね。
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