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絵本ってこんなにおもしろい! 3      酒井倫子

るりー

ルリユールおじさん             いせ ひでこ


 皆さんはパリに来たことがあるかね。わしはパリの中心ともいえるノートルダム寺院やリユクサンブル公園やオルセー美術館、そしてサンーミシェル広場などにぎやかな通りから少しはずれた、セーヌ河にほど近い小さな公園に四百年も生き続けてきたイヌアカシアの巨木じゃよ。小路をはさんだわしの前には安宿があって、アパルトマンも併設されていた。冬の寒いある日、その四階の窓が突然開いて黒目がちなボーイッシュな女性が「うわあ!」とうれしそうに叫び、身を乗り出して外の景色をながめた。そして景色をさえぎるように立っているわしの姿を足もとから梢までみわたして、早速スケッチブックを持ち出してわしを描きはじめたんじゃ。さすがのわしも面映ゆく久しぶりに身震いした。

 彼女の鉛筆さばきはみごとなもので、わしはほれぼれとみとれておった。細身の少年を思わせる女だった。黒いセーターにズボン。いかにも絵描きらしい風情でわしを観る目は実に生き生き輝いていた。彼女は絵描きでもあり詩人だとわしは見抜いた。

 わしは相手がびっくりしないように話しかけた。「どこから来た? 何しに来た?」と。すると彼女はその声がどこから来るのかびっくりした様子じゃったが、すぐわしと気づいて「ケラケラ」と子どものように笑ってあいさつしたもんじゃ。「始めまして! わたしは日本から来ました。絵描きです。そこのルリユールおじさんの本造りに魅せられてルリユール(造本)の絵本を描きたいのです。いせひでこです。どうぞよろしく」と言ってにっこり笑った。

 わしはこの絵描きがすっかり気に入ってしまって、それから毎日毎日彼女と話した。わしはもちろん今年80歳になるルリユールのじいさんのことも長いことずーつと見続けてきたし、わしの知ってることは何でも話したいと思った。皆さんは皮表紙にみごとな金箔を施した立派な本を見たことがあるかね。確かにじいさんの仕事はみごとなものさ。

 彼女はわしの話を聴きながら、この街とここに息づいてきたルリユールじいさんとひとりの少女との出会いをからめ詩情豊かに描き続けた。風の色、街の音や匂い、時には音楽も流れた。みごとなもんじゃ!
 どんな絵本かって? それは出来上がった絵本をあなたの目で見てくれ。

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酒井さんに挑戦の矢を放ってからすで十数年。とうとう最初の本が刊行された。六十冊の絵本が、
第一章 親子でいっしょに楽しむ絵本
第二章 命の大切さを伝えたいときに読んでほしい絵本
第三章 子育て中のお母さんへ贈る本

という構成で絶妙なるエッセイととも編まれている。
絵本を愛する人、あるいは絵本を書いてみたい人の必読の書である。

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