英語を自由に話すことのできる民族するためのテキスト
はじめに──天道説から地動説へ
かつて太陽も月も星も地球を中心にして回っていた。それが絶対的な真実であって、すべての価値観といったものはその真実を拠点にして成り立っていたのだろう。ところがある男があらわれて、いや、そうではない、地球が太陽の周りをまわっているのだと言い出した。地動説の登場である。人々は嘲笑し、気が違った科学者の馬鹿げた妄想だ、そんな妄想をばらまく人物を処刑せよという声も湧きたってくる。そんなわけで、この地動説が絶対的真実という地位を獲得するまでに、実に百年の月日が必要だった。
今、《草の葉ライブラリー》によってあざやかに登場する《草の葉メソッド》は、ちょっとこの歴史的事件に似ているかもしれない。英語は文法から学んでいく。英文を日本語に翻訳しながら読んでいく。英語の授業では間違いは許されない。文法的に正しい英語を話さねばならない。間違った英語を話すことは恥であり罪である。
大半の生徒たちが英語を学ぶ目的は、テストの成績を上げることであり、そのためには問題集と必死に取り組まなければならない。英語を自由に話したいと願望するならば、語学教材会社が法螺貝を吹き鳴らして売り出すCDを幾セットも買って、ひたすら聞き取るトレーニングを続けるべきだ。さらには英米人のスタッフがいる英会話教室に、高額のレッスン料を払って彼らの指導を受けよ。なんといっても彼らは正しい英語を話す人種だから彼らの奴隷になる以外にない。ともかく英語力をつけるには、英語を大量にインプットすること。これらが日本の英語教育の絶対的体系であり、これを天道説英語教育体系と名付けることにしょう。
この体系を根底から転換させるメソッドが登場してきた。《草の葉メソッド》である。これを地道説英語教育体系と名付けることにする。それは白が黒になるような、夜が昼になるような、山が海になるような、天地真っ逆さまの百八十の転換である。文法英語教育禁止である。英語教師は生徒たちに文法を教えてはならない。英語の時間は生徒たちが英語のボールを打ち合うテニスコートになるから、英語教師はテニスコートの管理人という地位に下落する。受験英語なるものは英語ではないから、問題集などさっさと投げ捨てよ。英文を翻訳しながら読むな。意味が分からなくとも英語をそのまま読んでいけ。君が話す間違った英語はすべて正しい。だからDJイングリッシュ(デタラメ英語)を恐れずにどんどん話せ。
DJイングリッシュ(デタラメ英語)を大量に話すことこそ、英語を話すことのできる基礎土台を作ることなのだ。語学教師として日本に上陸してきたアメリカ人やイギリス人は、できることならすべて追放せよ。彼らの存在は日本の大地に育っていく日本英語を踏みつぶしていく人種だから。このメソッドには、アメリカ英語とイギリス英語の哀れな植民地となっている日本の英語教育の尻の穴に、ダイナマイトを詰め込んで吹き飛ばせといった過激で危険な思想がその根底に縫い込まれている。
なぜこのような英語教育のメソッドが現れたのか。それはコンピューターが登場したからである。二十世紀の後半に突如として歴史に登場してきたコンピューターは、あらゆる領域の世界を一変させていったが、ステーブ・ジョブスは六十年の前にそのことをすでに確信していた。
《子どもの頃、雑誌である記事を読んだんだ。さまざまな動物の移動効率(transfer efficiency)を計測したものだった。クマとか、チンパンジーとか、鳥とか、魚とか、もちろん人間も計測されていた。一キロあたりの消費カロリーを含めて比較してあって、一位を獲得したのがコンドルだった。人間の順位といったら下から三分の一あたりだったな。しかしそのとき自転車に乗せてみようじゃないかということになって、自転車に乗った人間の移動効率を計ってみた。そしたらもう圧倒的で、コンドルなんてぶっとばしていたよ。この記事はぼくのなかに深く突き刺さっていた。人間は道具を作る能力を持っている。そしてその道具を使うことによって、人間の能力は劇的にパワフルになる。パソコンはまさに人間の能力をパワフルにする自転車なんだ。移動効率だけじゃない。一人一人がもっているあらゆる能力を、劇的にパワフルにしていくんだ。パソコンはおそらく人類が生み出した最高の発明の一つだと思うよ。歴史を変革していくこの道具を手にして、新しい時代を創造していく時代に生まれたぼくはほんとうに幸運だった》
コンピューターは、翻訳ソフトという驚くべきツールを生み出したのだ。どんな長文だろうと、一瞬にして他の言語に転換してしまう。コンピューターの登場は、産業、工業、流通、軍隊、金融、行政、メディア、行政、労働とあらゆる領域のシステムを根源的に変革していったが、語学教育の世界はいまだに文法英語教育、受験英語教育の旧態依然のシステムだった。しかし、ついにというか、コンピューターが開発した翻訳ソフトを、そのシステムの中心に装填した語学教育のメソッドが誕生したのだ。
しかし、世界を支配していた天動説が打ち砕かれて、地動説に転換されるまで百年の年月を要したように、コンピューターを装着したメソッドとはいえ日本の英語教育を絶対的に支配している天道説英語教育体系から、地道説英語教育体系へと全面的に転換されるのは、やはり百年の月日がかかるのだろうか。
それともいま「私たちは英語を自由に話したいために英語を勉強しているのですから、もう文法英語や受験英語を教えることはやめてください」という中学生たちの声が全国津々浦々に湧きたって、それに呼応するかのように中学校の英語教師たちもまた「もう英語の授業を行わない、だから教科書などもってくるな、問題集などさっさと捨てろ。いまから英語の時間をテニスコートにするぞ、さあ、みんなラケットをもて」と実践の反乱が全国の中学校で湧き起これば、十年もたたずに日本の英語教育は大転換されていくかもしれない。
《草の葉メソッド》の草の葉とは、ホイットマンの詩から取られました。草とは何か。ホイットマンはこう刻み込んでいる。
──草とは不滅の大地に、不滅の力をもたらす生命、不滅の魂を教える神のハンカチーフである。
《草の葉メソッド》によって生まれる日本英語が、三百年かけて日本の大地にくまなく広がっていくとき、日本人は日本語と英語を同時に話せる民族になるという雄大な仮説がいまあなたに投じられた。
注 「DJイングリッシュ」とは「Development Japanese English──開発途上の日本英語」という造語であるが、むしろ冒頭のDは「Detarame Japanese English」の造語としたほうがいいかもしれない。つまり「デタラメ英語」である。わたしたち日本人は、英米人の奴隷となることなく、堂々とデタラメ英語を話していけということである。それが日本英語を確立していく道程である。
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