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故郷・山形で振る魂のシベリウス   吉田純子

半世紀前、故郷にオーケストラを創り、一流のプロヘと育てあげ、そして今も現役で振っている指揮者がいる。山形交響楽団の創立名誉指揮者、村川千秋が15日、敬愛するシベリウスの交響曲第3番を山形市で演奏する。
シベリウスの芸術を青んだフィンランドの雪、山、空気といった自然の質感に初めて触れた時の確信を、今も礎にする。「ひんやりした響きの奥に、ものすごい熱さがたきっている。これは、山響の魂になる」

今月、90歳になった。学校公演や幼児への音楽教育にも情熟を傾ける。楽団創設時の響きに触れた子供の多くが、祖父母の世代になりつつある。わが街に音楽が鳴り響く未来を夢見て、気が付けば3世代を結んでいた。
「文化の要は芸術です。地方の子供たちにこそオーケストラの響きに触れ、心を揺り勳かしてもらいたい」

そう語るのは、自身もオーケストラに出会った瞬間、人生を決定付けられたからだ。高校2年の頃、近衛秀麿率いる東宝交響楽団(現東京交響楽邱)が山形にやってきた。曲は「ファランドーレ」。音楽は大好きだったが、生のオーケストラを聰くのは初めて。主旋律と対旋律、二つの命か絡み合い、野趣に満ちたリズムを得て大きな奔流となり、全身まるごとのみこまれるかのような初めての感覚に陥った。
演奏が終わり、思わず近衛に駆け寄った。
「僕、音楽やってるんです」
「何の楽器を?」
「クラリネットです」

それが名クラリネット奏者、北爪利世との出会いだった。映面宣伝のチンドン屋をやって交通費を稼ぎ、月謝代わりの米をしょって、夜汽車で東亰の北爪の家に通うように。猛練習を重ね、東京芸大に現役で合格する。

やがて指揮への関心を深め、30歳で単身、米インディアナ大へ。巨匠ストコフスキーの指導を受けるなか、シベリウスの娘の夫であるフィンランドの名指揮者、ユッシ・ヤラスとの出会いがあった。帝政ロシアの圧政下にあったフィンランドの人々が心のよりどころとした「フィンランディア」を、ヤラスは小さくとも、確かな命が宿る力強い音とたゆまぬテンポで悠々と演奏していた。悲しげにテンポを揺らす感傷的な演奏に慣れていた身には、衝撃だった。シベリウスの本質を、ヤラスから確かに受け取ったと感じた。
 
オーケストラは今や、文化交流のユニバーサルデザインだと語る。異文化を知り、自分たちの足元を見つめ直すことが、健やかな誇りを育むのだと。
「オーケストラは、世界中の響きを子供たちに届ける文化です。真に尊敬されるのは武力じゃない、文化です」
「芸術がなぜ素晴らしいかというと、表面的な快楽を超え、人間の生き方を問うところにまで到達しているものだから。楽しいことだけじゃなく、痛みや悲しさも伝えられる。人間の生活の本質、そのものを」

夢は東北、さらには日本の全ての県にオーケストラをつくること。宮沢賢治の描く、自然を畏れながら暮らしている人々こそが、実は一番芸術に近いところにいるとも感じる。「各県のオーケストラが互いの個性を誇り、尊重し、豊かに連携できたら、地方でだって、ワーグナーでもマーラーでもブルックナーでも何だってできる。決して不可能な夢ではないと思います」
 
 

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