書くことはぼくの祈りだ
ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー
──ライ麦畑の映画化の話がまた来たのよ、エリア・カザンとビリー・ワイルダー。
──断ってくれ、あれは映画にできない。
──なぜ?
──彼を演じられるのはぼくだけだ、でもぼくはもう歳だ。
──リトル・ブラウン社が、次もグラース家の話を書くんだろうねって訊いてきたわ、あなたの本ならなんでも出版する気よ。
──実はその話をしたくて、ニューヨークに来たんだ。
──どんな話?
──もう出版したくないんだ。
──どういうこと、あなたの物語はみんなに愛されてるのよ、みんながっかりするわよ。
──書くことはぼくの祈りになった、出版は瞑想の妨げになる、瞑想を汚すんだ、ぼくは夫にも父親にも友人にもなれない、ぼくがなれるのは作家だけなんだ、見返りをもとめず、ただ書くことに身を捧げていけば、こんなぼくは救われる気がするんだ。
彼が望んだ通り、その後、作品が世に出ることはなかった。息子も誕生したが、クレアとは離婚。「ライム麦畑」は30の言語に翻訳され、累計販売部数は6500万部以上。現在も毎年25万部が売れ、20世紀文学における重要作品とされている。隠遁生活と出版拒否は伝説化、意に反して彼の名声を高めた。ニューハンプシャ州、コーニッシュにとどまり、2010年、彼は91歳で亡くなった。
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