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イエロー・ブリック・ロード 高尾五郎 Yellow Brick Road


 つまらない日曜日だった。その日また妹と喧嘩してしまった。とにかく最近妹はすごく生意気なのだ。
「お前みたいなガキは、どっかにいっちまえばいいんだ」
「なあによ、お兄ちゃんみたいなワルガキこそ、どこかにいけばいいでしょう」
「お前みたいな、クソガキはくたばればいいんだ」
「お兄ちゃんこそ、宿題忘れんぼガキで、ずっと立たされガキで、いつもおこられガキで、お手伝いしないガキで、トイレのドアあけっぱなしガキで、お風呂に入るのきらいなふけつガキで………」
 と悪口雑言をぼくにぺタペタと貼り付けてきたので、ぼくは暴力をつかって泣かせてしまった。そしたらお母さんが飛んできて、ガミガミガミガミ。ぼくもまたブウブウブウブウと言っていると、とうとうお母さんは、「出ていけばいいでしょう、そんなに気に入らなければ出ていってもいいのよ。とっとと出ていけばいいでしょう」と言ったので、「ああ、いいよ。出てってやるよ」
 カラコラムGTのギアを最上段にぶちこんで、猛然とペダルを漕いだ。むしゃくしゃしている。むしゃくしゃした怒りがカラコルムGTのエンジンだ。ぼくは埠頭を目指していた。あの子に会いたいと思ったのだ。あの子に会ったら、あの子のバラのような笑顔をみたら、一瞬にしてこのむしゃくしゃした怒りのエンジンは消え、穏やかな優しい心をとりもどすことができるだろう。
 天王州橋を渡り、寺田倉庫橋を渡り、若潮埠頭橋を渡ると赤煉瓦の倉庫棟に出る。ところがその若潮埠頭橋に出ない。どういうことなのだ。埠頭に出る道路は一本しかない。道をまちがえるわけがなかった。不思議なことがあるものだと思いながら走っていると、ふと二つの奇妙な話を思い出していた。
 ひとつは守の話で、なんでもその日、守の一家は「イエブリ」で食事をしょうということになって車で「イエブリ」に向かった。ところがぐるぐると一時間以上も車を走らせたが、とうとう「イエブリ」にたどりつけなかったというのだ。ぼくたちはその話を聞いたとき、ドジな守をさんざん馬鹿にしたものだった。
 そんな話を聞いたあとだった。ぼくのお父さんとお母さんが、結婚記念日に二人だけで食事をするからと言ってイエブリに出かけていった。ところが、「イエブリにいってみたけど、そんなレストランなかったぜ、まったく」とお父さんはあきれ顔で言い、「せっかくイエブリ論争に決着させようと出かけたのに、ちゃんと地図を正しく書いてくれなくちゃだめでしょう」とお母さんも非難するように言った。
 このイエブリ論争を決着させようというのは、お父さんはぜったいにエルトン・ジョンだと言い、お母さんは《グッバイ、イエロー・ブリック・ロード》なんて歌ったら、そのお店、すぐつぶれるってことじゃない、あれはぜったいに「オズの魔法使い」という映画からとったのよ、と譲らない。その二つの説のどちらが正解かを、その日レストランにいって確かめようとしていたのだ。ところがぼくの書いた地図通りにいってみたが、イエブリがなかったというわけだ。
 その二つの話がよぎってきたのだ。しかしそんなばかな話があるものかと思い、その道をどんどん走っていくが、巨大な火力発電所や清掃工場の方に向かっている。おかしい、これはどういうことなのだ、いったいどうなっているのだ。そこでストップすると、最初からやりなおそうとUターンした。そしていまたしかに渡ってきた寺田倉庫橋に戻ってきた。そこからまたUターンして、あらためて若潮埠頭橋に向かって走っていった。するとちゃんと若潮埠頭橋に出たので、なあんだという思いだった。

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