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手抜き介護 170 戒名の話

結婚したとき、義母はすでに自分の戒名を彫ったお位牌を持っていた。「これを作るのにお金がかかるんだから。もう作ってあるから安心して」と、何度も現物を私に見せた。戒名の1字は赤くなっていて、そこを変えるだけだという。

その時のお寺とはその後縁が切れて、葬儀の読経は業者に紹介された僧侶にお願いした。式にかかる費用の一切が明記されていて、こちらは選んでいけばいいという、良くあるシステム。僧侶に例のお位牌を見せながら経緯を説明すると、表情が明らかに不機嫌になっていった。どこのお寺か、何月何日に誰がつけた戒名か、と畳みかけてくる。こっちが勝手に作ったような言い方でムッときたが、内容をいったん「確かめる」と言って帰っていった。

翌日、「確かに登録がありました」という。お寺には戒名一覧の共有データベースがあって、それに記録が残っていたらしい。が、問題はむしろここから始まった。この戒名はとても位が高いので、今回業者から紹介された範囲でのお経にはそぐわない。見合ったお経を読むには、もう少しお布施をもらわないと。それがイヤなら、格式に合う戒名を自分がつけ直す。どちらがよろしいか。

義母の「これを作るのにお金がかかるんだから」はその通りで、僧侶にとってそこがなければやる気が起きないのだ。故人が納得している戒名から、遺された者が「院」をとるなんて出来るわけないので、言われた額を上乗せすることで決着した。言い方に引っかかりを覚えて毒づく気分は、もちろん顔には出さず。いや、出てたかな。

でも話はまだ終わらない。お位牌の赤字部分には、いつからか義母により白い紙が上から貼られていた。正式に作ってもらおうと紙をはがしたら、その1字が文字ごと四角く彫刻刀で削りとられている! 本来は文字に流し込んだ顔料を赤から金に換えるのだろうけど、これでは手の施しようがない。お義母さんったら、お茶目なんだから。

結局、お位牌も新しいものを作ってもらうことに。義父が既に他界していたので、そのお位牌より小さくということで、サイズも縮んでしまった。もともとのものは、そのまま捨てるわけにいかないから、お焚き上げになる。アチラのしきたりには疎い素人も、何でもお金が解決するんだなあと思った一連の出来事。

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