手抜き介護 152 風が吹けば桶屋が
駅前を出る循環バスは、定刻5分前にバス停に着いた。乗り込むと、運賃箱前でおばちゃんと運転手さんが何かもめている。「ここは終点じゃないから」「でも私は」ととぎれとぎれに聞こえてくる内容から、多分降りようとしたおばちゃんが、小銭を入れる運賃箱にお札を入れたと思われる。
運転手さんは運賃箱の一部を開けたり棒を使ったりしてそれを取ろうとしているが、うまくいかない。バスを降りて営業所に向かったかと思うと、セロテープをカッターごと持ってきて、棒の先に付けて箱の底を探る。発車時刻が過ぎ、乗客はイライラして足を鳴らしたり、「40分過ぎたぞ(34分発のバス)」などと言い始めた。
結局、今日は無理だから明日以降営業所に来てくれということで、おばちゃんは降りて行った。乗客の不満な視線を集めながら、あんなところで1人立ち続けるなんて、自分ならいたたまれない。恥ずかしさと申し訳なさで、1000円は早々に諦めるだろう。
その後10分くらい走ったところで、窓の外に人がゆっくり倒れるのが見えた。数歩遅れて女性が駆け寄り、転んだのはかなり高齢の男性と分かる。バスは少し先の停留所に停まり、そのお爺ちゃんと女性を待ってドアを開けた。
乗ってきた顔は、頬からも鼻からも赤い血が流れていた。娘らしい女性がティッシュを何枚も出しては血をぬぐう。鼻血も出てきたようだ。私もたまたま使い捨ておしぼりがカバンに入っていたのでティッシュと一緒に渡したけれど、すぐ自分の降りるバス停が近づき、そのままお別れした。
循環バスは、12、3分おきに走っている。あの親子は、次のバスに乗ろうとしていたに違いない。そこに前のバスが10分遅れで現れたので、慌てて走ったのだろう。つまり先のおばちゃんが運賃箱前でゴネなければ、お爺ちゃんが流血することはなかった。
骨折してないと良いなあ。でも、手足の打撲はしばらく生活に響くだろう。顔の傷も、人に会うたびに「どうしたの?!」と訊かれ続ける想像がつく。あのおばちゃんに「治療費払え!」と迫りたいくらいだけど、「焦らない」「慌てない」「走らない」と、それぞれが自分で気をつける以外にないのだろうなあ。