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4.2MW風車では、民家から2kmの離隔距離が必要! 科学論文-意見書が提出されました。2024.9.30

9月30日、山形県鶴岡市 JRE矢引風力発電所の準備書の議論がおこなわれる鶴岡市環境審議会の場において、「参考」として意見書が委員に共有されました。

風車騒音による睡眠への影響を考慮すれば, 4.2MW風車では,⺠家と風車の離隔距離は 2km が必要である

との題名の意見書。鶴岡市長宛送付されたもので、市担当に許可を得て、この場で共有させていただきます。
 提出者は、風車騒音と健康影響の第一者、元国立環境研究所 主任研究員 現 大分県看護科学大教授、影山隆之 先生と 北海道大学 田鎖順太 先生の連名によるものです。双方とも、大分県、北海道の公害審査会の委員の先生方です。

鶴岡市三瀬矢引風力発電の計画は、4.2MWと巨大であり、想定区域内では1km以内に582戸の民家が存在。準備書でようやく示された風車建設ポイントでも1.5km 以内に500戸以上。1.2kmに由良保育園があり、懸念していました。環境審議会では審議委員宛にJREはZOOM で説明していましたが、風車騒音については現在の環境省指針「残留騒音+5dB」の値は想定試算で超えていないとしながら、離隔距離の問題については一切触れませんでした。

この「4.2MW風車では,⺠家と風車の離隔距離は 2km が必要である」という論文は、環境省指針の問題をズバリ言い当て、更に最新の科学的試算により近年巨大化した風車に対応した離隔距離の目安を明確に示して下さった
大変画期的なものだと私は思います。

ドイツ・バイエルン州には10Hルールといって風車の高さの10倍の離隔距離が必要というガイドラインがあります。それを踏まえれば172Mある4.2MW風車は1.7km離す必要があるとなります。今般の意見書で示された2kmは、それとほぼ同等の指針となります。
 北大、田鎖先生のH-RISKで試算したシミュレーションでは今回示された場所に4.2MWを建設すれば67名の不眠症有病者が発生すると試算されていました。

今、日本国内各地で進む風力発電計画のトレンドといっていい、4.2MW の低周波音を含む風車騒音と睡眠影響について、事業者の説明に対峙できる大きな指針となりうる科学論文であり意見書だと思います。ぜひ全国の同様の問題に直面している市民の皆さん、自治体の皆さん、ご活用ください。

鶴岡市長殿

北海道大学 田鎖順太
大分県立看護科学大学 影山隆之

風車騒音による睡眠への影響を考慮すれば, 4.2MW風車では,⺠家と風車の離隔距離は 2km が必要である。

はじめに  
 再生可能エネルギーの普及・利用は世界的な課題であり,風力発電は最も有望なエネルギー源 のひとつである。しかし,風車の設置には周辺環境への配慮が必要であり,騒音による住⺠への 影響を回避することが重要である。国内では環境省が 2017 年に発表した「風力発電施設から発 生する騒音に関する指針」に基づき騒音の評価が行われることが多いが,この指針には問題点が あり,安全性の判断に利用できない。
 また,風車騒音による健康影響に関しては未だ十分な科学 的知見がないのが現状であるが,国内における疫学研究・音響心理実験などの知見に基づけば, 居住地との間に数 km 程度の離隔距離が必要と考えるのが妥当である。本書では,(1)環境省指 針に問題点があり,また安全性の判断に利用できない点,(2)既存の科学的知見に基づき離隔距 離が導かれる点,について示す。特に,(2)については,4.2MW の風車について必要な離隔距離 を試算して示す。

1.環境省による風車騒音の指針では,風車騒音による睡眠への影響を考慮した指針値が定めら れていないという問題点がある。


 環境省が示した「風力発電施設から発生する騒音に関する指針」(以下,指針と表記)には, 「風力発電施設から発生する騒音が人の健康に直接的に影響を及ぼす可能性は低いと考えられ る」と記載されているが,これは誤解を招く表現,あるいは誤りである。この文言には「直接的 に」という語句を「不快感や睡眠影響を除いて」という特別な意味で用いている点1に問題があ る。一般的および学術的に,睡眠への影響は健康影響に他ならないのはもちろんのこと,騒音に よる睡眠への影響(および不快感)を「直接的ではない影響」として区別する様な事例は指針を 除きどこにも見受けられない。我が国が批准している世界保健機関憲章でも「健康とは,完全な 肉体的,精神的及び社会的福祉の状態であり,単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」2 とされており,騒音が疾病を生じていないとしても、必ずしも「健康影響を生じていない」とは言えないのである。指針の上記文言は「風車騒音による(睡眠への影響を含む)健康リスクは低 い」としばしば誤解されるが,指針が制定された背景まで確認して意図を汲むのであれば,この 文言においては睡眠への影響について何も語っていないということになる。
我が国は憲章を批准 しているため,国際法における条約と同様に,それを守らなくてはならない。なお,本書では睡 眠への影響に注目しているが,同憲章にしたがえば「不快感」もまた健康影響と解釈される。


1 指針には睡眠への影響に関して,「風力発電施設から発生する騒音が 35〜40 dB を超過する と、わずらわしさ(アノイアンス)の程度が上がり,睡眠への影響のリスクを増加させる可能性 があることが示唆されている」という記載がある。風車騒音による健康影響を回避するという観 点からは,こちらの文を参照し,予防的な措置を講じるべきである。この場合の睡眠影響の有無 に関する判断基準は,狭義の不眠症(本人の心身に原因がある)と診断される場合と同等の頻 度・程度で「よく眠れない」現象が生じている場合をもって「影響あり」と見なすことが適当で あろう。しかし,指針では,騒音のレベルと睡眠影響(あるいは不快感)の関係については以降 触れられておらず,「周囲の背景的な騒音レベルから一定の値を加えた値を風力発電施設から発 生する騒音の限度としている国が複数見られる」として「残留騒音 + 5 dB」という指針値が示 されている。指針値には,騒音による睡眠への影響に関する知見が全く反映されていないと理解 するのが妥当である3。諸外国には,英国・デンマーク・ドイツのように,騒音レベル等の絶対 値を用いることで風車騒音による影響への対処を意図した基準も存在する。我が国が本来参照す べきはそれらの実績であろう。
そもそも,この指針値には,風車騒音の評価に用いる科学的正当性が見当たらない。わずかに 挙げられているのは 1982 年に報告された研究成果4であるが,発電用風車は当時存在せず,また この研究は風車騒音とは無関係である。同様の手法で風車騒音を評価している国は海外にも見受 けられるが(たとえば英国),騒音レベルの絶対値による評価も並行して行われる。風車騒音に よる睡眠への影響を考慮するのであれば,当然である。

2.既存の科学的知見に基づき試算をすれば,発電出力 4.2MWの風車では,⺠家と風車の間に は 2km 以上の離隔距離が確保されるべきである。

風車騒音が一定のレベルよりも高ければ周辺住⺠の睡眠に影響を及ぼすのは当然であるが,そ のレベルについては科学的知見が不足しており,未だ不確かである。ただし,国内においては 1000 人規模の疫学調査が既に行われており,その結果を参照するの が妥当と考えられる。この研究(Kageyama, et al. (2016). Noise Health 18: 53-61.)では,世界 保健機関が定め厚労省も採用している国際疾病分類第 10 版における「睡眠障害」の診断基準に 準じて「よく眠れていない住⺠」を同定し,その頻度は(睡眠に影響しうる年齢等の影響を統計 学的に差し引いても)風車騒音のレベル(等価騒音レベル)が 40 dB を超える地域で高くなって いることを見出している。また,風車騒音は低周波成分が卓越する特徴を持っており,低周波音 と睡眠妨害に関する音響心理実験(例えば,犬飼,他. (2006). 騒音制御 30: 61‒70.)を参照することもまた妥当と考えられる。このような科学的知見と風車騒音の予測値を比較することによ って,風車に必要な離隔距離を試算することが可能である。なお,詳細な計算法は既報(田鎖, 他. (2022). 騒音制御 46: 176‒182.)を参照されたい。
 図に,風車からの水平距離とレベルの関係を示す。ただし,発電出力 4.2MW の風車が 1 基設 置された場合を仮定して音響パワーレベルを発電出力より推定し,水平距離に応じた騒音レベ ル・40 Hz/80 Hz を中心周波数とした 1/3 オクターブバンドレベルを計算して既存疫学研究結 果および音響心理実験結果と比較した。実際には風車によって音響パワーレベルが異なり,また 複数の風車が設置されることが当然であるため,各々の状況に合わせて計算が行われることが望 ましいが,この結果は代表的な試算例として意味をもつ。
 騒音レベルと既存疫学研究との比較より,約 1 km より近くでは不眠症のリスクが増大するこ ととなる。また,40 Hz および 80 Hz の計算結果は低周波音成分の寄与を示しているが,この結 果と既存音響心理実験の結果を比較すると,中心周波数 80 Hz の音によって 10%の被験者が 「入眠時に気になる」レベルまで減衰するのに約 2 km を要する。ここで,音響心理実験の結果 は被験者の耳元におけるレベルであり,この試算では家屋遮音量がないとみなしていることに注 意が必要であるものの,低周波音は比較的屋内に透過しやすく,部屋の寸法次第では共鳴が生じ てレベルが増幅されることもあるため,過度に保守的な推定結果ではないと考えられる。
 住⺠の健康保護のためには,風車騒音のレベルを不眠症リスクの上昇閾値より低くすることは 当然である。また,「入眠時に気になる」という心理反応について何%程度を許容するのかにつ いては社会的な合意は得られていないものの,「低周波音による心身に係る苦情に関する参照 値」(環境省)において 10%という数値が設定されていることを参照してこの値以下に抑えると いう考え方には一定の合理性があると考えられる。したがって,風車騒音のレベルは図中の各横 線を下回る水準に制御されることが望ましく,今回の試算例でいえば⺠家と風車の間には 2km 以上の離隔距離が確保されるべきと考えるのが妥当である。


  図:4.2 MW の風車 1 基が設置された場合の風車からの距離と風車騒音のレベル(騒音レベ ル(左図)および 1/3 オクターブバンドレベル(中央図・右図))の関係



参考文献

1 平成 28 年度第 3 回(第 9 回)風力発電施設から発生する騒音等の評価手法に関する検討会議 事録(https://www.env.go.jp/air/noise/wpg/conf_method/2839c.html)を参照。
2 厚生労働省訳(https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=97100000)。
3 次節で示す通り,国内には風車騒音による睡眠への影響(狭義の不眠症)に関する疫学研究が 存在するが,それが無視され,指針が定められたということ。
4 このことについては,風力発電施設から発生する騒音等の評価手法に関する検討会報告書を参 照。https://www.env.go.jp/content/900400606.pdf
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