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7. 新海誠『雲の向こう、約束の場所』

新海誠は、2002年『ほしのこえ』で数々の受賞をし一躍アニメ界において注目される存在となった。驚いたことに、この25分のフルデジタル・アニメは監督・脚本・作画・演出・編集を彼一人で行なって作られている。デスクトップでアニメーションが制作できるようになった現在では、新世代の才能は、制作会社のスタジオで修行を積んだ職人的なアニメーターだけでなく、自主制作の無名の新人の中からも現れてくる。音楽ビジネスの世界では一足早く、バンドではなく一人で、スタジオではなく自宅で──Bedroom recordingと呼ばれる方法でアルバム制作をするアーティストが出現し、その結果、自主制作とメジャー・レーベルのあいだの溝が埋められ地続きになったが、新海の鮮烈なデビューはアニメ界にも同様の地殻変動が起きたことを告げるものでもあった。

『雲の向こう、約束の場所』(2006)は、この作者の初めての劇場用長編アニメである。日本が南北に分断統治されているもうひとつの戦後世界──それは言うまでもなく現実の朝鮮半島を思わせる──を舞台に、軍事境界線である海峡の北にそびえ立つ謎の巨大塔まで飛んでみたいと秘密裏にジェット機を自作する2人の少年が描写される。少女Sayuriへの淡い恋心を織り交ぜた青春ドラマは、後半いきなり3年後にジャンプすると緊迫した戦時下のドラマに一転し、昏睡状態のSayuri──「眠り姫」である──を救うために、美しい白い円筒翼機は北の塔──かつて約束した目的地──へ飛び立つ。

注目すべき点は、この作品そのものが、現実を分断することで離陸し、科学的空想と超自然的な妄想を接続することで推力を増していく乗り物として巧みに設計されていることだ。実際この作品は、原作・脚本・監督を手がけた新海と、キャラクターデザインと作画監督を担当した田澤潮のコラボレーションの印象が強い──その他のサポートも気心の知れたごく少人数のスタッフに限られている──が、この2人のアニメ作家は劇中の2人の飛行機少年にそのまま重なるのではないか。同様の構図としては、『新世紀エヴァンゲリオンNeon Genesis Evangelion』で知られる制作スタジオ、ガイナックスの伝説的な第一作『王立宇宙軍オネアミスの翼 The Wings of Honneamise』(1984)が、架空の小国による宇宙ロケット打ち上げの物語だったことも思い出される。この2つの飛行機械の開発物語は、アニメ界の端にいる若手作家たちがそれぞれの才能と感情を自作に託して行なった発射のメタファーとして共通している。そして、両者の機体のサイズの差は、この20年間に起きたアニメ制作の技術革新をそのまま反映している。今やアニメはオーケストラや宇宙開発規模で行なわれるスタジオ制作の作品だけではなく、DJチームや小型乗用飛行機(プライヴェートジェット)くらいパーソナルなものに近接してきている。興味深いことに、新海は最近作『秒速5センチメートル』(2007)において自身で執筆した小説版──文学は最も古く最もパーソナルな表現メディアである──を同時に出版している。

(本稿は2008年カナダ、バンクーバー美術館の企画展「KRAZY!」図録のために英訳を前提に書かれたオリジナル原稿である)

ニューヨーク、ジャパンソサエティーでの巡回展開催時のアニメ作品上映展示室風景。マルチスクリーンに向かって観客が一列に並んで鑑賞する空間は禅庭の縁側を連想させる。

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