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4. 安野モヨコ『さくらん』

1950年代に相次いで創刊された少女向けマンガ雑誌によって開花した少女マンガは、星の描き込まれた大きな瞳に巻き髪のヒロインなど独特の表象によって、宝塚歌劇──若い女性だけのミュージカルで、男性役も華美な化粧の女優が演じる──と並んで、20世紀日本におけるドメスティックで倒錯したココ風の様式美を形成してきた。1970年代、マリー・アントワネットを主人公にした池田理代子のマンガ『べルサイユのばら』が宝塚歌劇の演目やTVアニメとなって人気を博し一大ブームになった例など、両者は社会学的な観点でも比較分析の対象にある。

だが、ここで語るべきは1990年代以降の脱少女マンガ(Post Shojo-manga)の動向だ。マンガ誌ではなくファッション誌を媒体に、若い女性が内面に抱える性や死──エロスとタナトス──に対する強迫観念をリアルに描写した岡崎京子以降、日本の若手女性マンガ家は、よしもとばななら女流小説家や少年ナイフなどの女性ロック・バンドと肩を並べて発言する女性芸術家として90年代の日本のガール・パワー的文化を先導してきた。

岡崎は次世代の女性マンガ家たちにも多大な影響を与えたが、1996年突然の交通事故で重傷を負い現在もリハビリテーション中で休筆を余儀なくされている。岡崎のフォロワーは数多いが、なかでも彼女のアシスタントを務めていた安野モヨコの活躍は目覚ましい。男運の悪い20代女性の暴走ぶりをコミカルに描いた『ハッピーマニア』から、小学生向けの少女マンガ誌に連載されTVアニメや玩具やゲームにもなった魔法少女物語『シュガシュガルーン』、あるいは雑誌編集部に務める女性編集者を主人公にした『働きマン』──こちらは成人男性向けのマンガ誌に掲載され、TVドラマ化もされた──まで、その題材の多様さと読者層の幅広さは日本の出版ビジネスにおけるマンガというメディアの力──老若男女問わずオールマイティーな──をそのまま体現しているといってもいい。

『さくらん』は安野には珍しい時代劇で、江戸時代の遊郭を舞台に少女・きよ葉が先輩遊女にお仕えしながら一人前の花魁へと成り上がっていくさまを描いたもの。性と職業と恋愛が交錯するおんなの成長譚(Bildungsroman)は、深読みをするならアシスタントを経て華やかなデビューを遂げて売れっ子にのし上がっていく女性マンガ家の世界のメタファーともいえる。

安野の作品には彼女が仕えた岡崎の作品がそうであったように、マンガ以外の表現メディアに携わるクリエーターを触発する魅力がある。『さくらん』は2007年には若手女流写真家の蜷川実花──日本の著名な演出家・蜷川幸雄の娘である──による初監督の同名映画にもなった。ちなみに安野モヨコの夫は『新世紀エヴァンゲリオン』の作者で有名なアニメ監督・庵野秀明である。

(本稿は2008年カナダ、バンクーバー美術館の企画展「KRAZY!」図録のために英訳を前提に書かれたオリジナル原稿である)


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