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スロバキアの可能性「大丈夫と約束して」@東京国際映画祭2024

11月初めまで行われていた東京国際映画祭にスロバキア映画が来ていました。
「大丈夫と約束して」という作品です。すばらしい。

この邦題は英題「Promise, I’ll Be Fine」からのタイトルのようですが、原題は「Hore je nebo, v doline som já」。直訳すると「頭上には空、谷間には僕」といった意味で、山間の小さな集落を舞台にしたお話です。

チケットを買うことができ、無事に映画を見られたのでnoteにも記しておきたいと思います。

映画を見るとこのポスターのよさがわかる

映画のあらすじ

主人公エニョは15歳。スロバキアの中部、山間の小さな村に祖母と一緒に住んでいます。
彼の母親はウィーンでケアワーカーとして働いているため、ときどきしか会えず、映画の中ではエニョがまるで恋人同士みたいな雰囲気で母親と電話するシーンも。

母親の仕事のお手伝いとして、母親のクライアントである高齢者に生活費や食材を届けるエニョ。
それ以外は村の同世代の男の子たちと4人で、ピザを食べたりモペッドに乗ったり村の人にイタズラしたりして過ごしています。

あるとき、エニョは自分の母親が村で陰口を叩かれていること、実際に何かよくないビジネスに手を染めていることに気づきます。

自分に対しては、盗みをはたらくのは絶対に良くないとか、盗みをするような友達と一緒にいてはいけないとか言うのに、母親がそんなことをしているのだろうか。
本人に質問すると、母親はよい暮らしのために働かなくてはならないんだ、村の人は不満や陰口ばかりだから相手にしなくていいのだととエニョを言いくるめようとします。
モヤる思春期のエニョ。

あるとき、エニョは家に戻ってきた母親を連れ出し、スロバキアの豊かな自然の中で、事実を確かめようとします。

結末について、日本人の感想におどろき

この映画を見た人の感想や、監督とのQ&Aセッションの質疑にもあったのですが…。

日本人の感想としては「悪いことをしていた母親はどうなったのか」「母親の詐欺行為は違法じゃないのか」というのが気になる人が多いみたいですね。

まあ、たしかに母親は悪いことをしているのはたしかなようですし、彼女が裁かれる日も来るのかもしれませんが、この映画はそこじゃない、と私は思います。
あくまでエニョが少年から大人に変わる、その心の覚悟が描かれた爽快なラストだったと思います。

でも、日本人はそれより違法行為をとがめる目線が先に来てしまうみたいで興味深かったです。

私は慣れてしまっているのか、「まあこういうビジネスしている人っているわね」「監督や登壇したスタッフも言ってたけど、賢い詐欺ではあるよね」と、それ以上は思いませんでした。

スロバキアは美男美女の国

東京国際映画祭での監督Q&Aでも言及されてましたが、エニョとその友達3人は、この村でスカウトされた演技経験ゼロの少年たちだそうです。
こんな山間の小さな村に、エニョをはじめとする名子役たちが4人もいたなんて、スロバキア恐るべしです。

スロバキアというと、実際に行ったことのある人と話すと「美男美女が多い」という話題になることが非常に多いのですが、皆さんのイメージはいかがでしょうか。

たしかに、世界的に活躍したテニス選手のハントゥホヴァー(日本のメディアではハンチュコバと書かれていました)は本当に妖精のようでしたし。

ユニクロやマッサージガンなどの広告でお見かけする↓左側のモデルさんもスロバキア人。

「スロバキア 美女」「スロバキア イケメン」でもたくさん日本語の検索結果が出てきます。

私もチェコ人とスロバキア人と両方と接してきて、どうもスロバキア人だけに宿る、とてもピュアな、不安そうな、ガツガツしていない美しさがあるなとときどき思います。

この映画のエニョからもそれが少し感じられて、少年から大人へと成長途中のお年頃ですが、悩みごとを考えているときのまなざし、まだあらゆることに自信がもてない表情、それでもまっすぐ生きようとする意志のあらわれた顔つきに、心がもっていかれてしまいます。
この子に不幸になってほしくない、幸せをつかんでほしいという気持ちで見てしまいます。

映画の舞台ウチェカーチ

エニョの住む山間の村はスロバキア中部のウチェカーチ(Utekáč)という町です。

舞台となった村にはリマヴィツァ(Rimavica)という川が流れています。
映画の中でも川で遊んだり、裸足で川に入ったり、川の中からガラスのようなきれいな石を拾ったりしているシーンが何度も出てきますが、ここはかつてガラス産業と、それを生かした魔法瓶を作る工場で知られていました。

スロバキアの北部には2600mほどの山脈があり、チェコ(国内最高峰1603m)とは全く異なる風土が広がっています。
この映画でも羊が出てきたり、でこぼこした山の斜面などが出てきますが、あれはスロバキアらしい風景だと思います。

ここがウチェカーチ。

「ビロード革命」のもたらしたもの

この映画の監督はカタリーナ・グラマトヴァーというスロバキア人女性で、1997年生まれ。

グラマトヴァー監督は上映後のQ&Aで、ウィーンに出稼ぎに出て、高齢者を利用するかのようなグレーなビジネスに手を染めている母親を非難したくはない、と話していました。

それは、主人公の母親という存在だからという理由だけでなく、ウチェカーチで暮らしていくために背に腹は変えられないと考えるふつうのスロバキア人のことを一方的にネガティブに捉えられない、という意味だと感じました。

監督のこの認識の背景には、1989年のビロード革命で社会主義が終わったことがまずあります。自由を手にしたと同時に、チェコ人、スロバキア人は「お国が雇用を提供する」システムを失い、自らの力でお金を稼がなくてはならなくなりました。
このシステムの変化により、チェコでもいくつもの事業の存続が危ぶまれる状況になり、実際になくなってしまった産業も。
日本に縁のある映画監督やイラストレーターの方からも、この時期の制作費の工面に苦労されていたお話をを聞いたことがあります。

このウチェカーチのガラス産業も、社会主義終了後、なくなってしまった産業の一つ。
それまでは村で働き口があり、お給料が毎月もらえていたのに、それがなくなった。どうやって暮らしていくかを一人ひとりが探さなくてはならなくなったのが35年前のことです。

ロシアによるウクライナ侵攻とスロバキア

もう一つ、スロバキアにとって大きな変化が、コロナ禍による不況とそれに続くロシアによるウクライナ侵攻があります。

コロナ禍により、世界中のいろいろな産業が不況となったのは知られているところですが、そこへ来てロシアによるウクライナ侵攻がヨーロッパでの物価高を引き起こしています。

スロバキアは東側でウクライナと直接国境を接しています。
このウチェカーチから考えても、ウクライナ西部の都市ウジホロドまで距離にして250km。東京から250kmというと浜松や新潟あたりの距離です。
他人事として見るには近すぎるかもしれません。

この映画でも、コロナ禍で社会が変わってしまったこと、物価が値上がりしていることなどが町の人の話し声やテレビのニュースなどの音声として、エニョのいる空間に描かれています。

15歳のエニョにとってどれくらいの影響があるのかははっきりしませんが、その周囲の空気感は母の問題にモヤモヤするエニョの気分をより沈めているようにも思えます。

2024年・スロバキア・女性というキーワード

私にとっては今年2本目の、劇場でみるスロバキア映画でした。こんなこと日本の映画業界で初めてのことではないだろうかと思います。

2024年スロバキア映画1本目は「ナイトサイレン 呪縛」でした。

チェコは映画の歴史があって、日本の劇場で公開されたものやアカデミー外国語映画賞をとったものなどわりと数多く、映画ファンに知られている存在といえます。

しかし、スロバキア映画というと、ガクッと数が減る印象です。
どうもEUフィルムデーズなどを見ると、おもしろそうなスロバキア映画が製作されているようなのに、なかなかふつうの日本人に届く場がこれまでありませんでした。
私が覚えているのは、2004年のマルティン・シュリークの「ガーデン」まで遡ります。


今年日本に上陸したスロバキア映画2本の注目したいところは、どちらも若手女性監督による作品だということです。

「ナイトサイレン 呪縛」のテレザ・ヌヴォトヴァー監督は1988年生まれ。

今回の「大丈夫と約束して」のカタリーナ・グラマトヴァー監督は1997年生まれ。

ふたりともチェコスロバキア解体後のスロバキア共和国で生まれ、働き始める頃にはすでにスロバキアはEUに加盟していたことになります。

まだまだスロバキアの国家の形は安定までの途上にあります。若い世代がしっかりと考え、表現するのを応援したい。そんな気持ちになる2024年なのでした。

今年4月のブラチスラバのトラム。

そういえば今年は『チェコじゃないスロヴァキア』も出版された年でした。スロバキアのあらゆる分野について、日本語でまとめられた貴重な書籍です。

にわかにスロバキアの名前を聞く機会が増えた一年。
今後も、もっと多くのスロバキアの情報がが日本にもたらされるのかもしれません。


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Hatsue Kajihara
ここまで読んでいただき、とってもうれしいです。サポートという形でご支援いただいたら、それもとってもうれしいです。いっしょにチェコ語を勉強できたらそれがいちばんうれしいです。