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チェコ語学習にはなくてチェコにあるものなんだ?(答:スロバキア)
この記事は言語学な人々Advent Calendar 2024 Annexの記事です。
🇨🇿 Veselé Vánoce!
🇸🇰 Veselé Vianoce!
2024年もあと半月ほどで終わる。
今年、わたしはチェコ語とがっぷり四つに組むことをを選び、チェコ語学習により多くの時間を充てるだけでなく、通訳としてチェコ語を使う生活も経験。
そして気がついたのが、スロバキア人の存在の大きさだ。
チェコ語通訳・翻訳に必要なもの
これまでもチェコ語の通訳や翻訳を引き受けたことはあった。
そして、感じていたのは、「チェコ語の通訳や翻訳を引き受けるならスロバキア語の知識もいるんじゃないか」ということ。
映像の翻訳をお手伝いしたことが何度かあった。
依頼主もチェコで撮った映像、チェコからもらった映像だからとチェコ語の翻訳者を探しているけれど、実際に中に入っている音声はスロバキア語。
チェコ語だというから引き受けたつもりが、これでは仕事が全うできないではないか…。
でも、チェコを描いた文章や映像にスロバキア人やスロバキア語が入ってくるのはおかしなことではない。
つい31年前まではチェコスロバキアというひとつの国で、そこではチェコ人とスロバキア人が自由に行き来して、友達を作ったり家族を作ったりキャリアを築いたりしてきたのだから。
さらに別の国になったいまもこの状況はほぼ同じで、チェコとスロバキアは国境線こそあれど、完全に切り離してしまったら誰もがダメージを受けるにちがいないと思うほどの結びつきがある。
そんなことから、2018年夏、わたしはブラチスラバの語学学校にスロバキア語を習いに2週間ほど通った。
チェコ人がいつの間にか触れているスロバキア語の知識を、私も同じくらいまで得るためのひとつの試みとして。
その後、あらためてプラハに旅行して、カフェやレストラン、売店などでわたしが接するスタッフは、ほぼスロバキア人ではないかと気づいた。
これまでは、リスニング難しいな、スピードが早くて、口語のチェコ語はやっぱり文章語と違うよな、なんて思っていたが、思えばそのうちどれだけがチェコ語同士のやりとりだったのかは怪しいもの。
相手はスロバキア語で対応してたのかもしれない。
これは日本人のチェコ語学習者には大問題なのだが、チェコに住むチェコ人だったら毎日起こっている、そしてほぼ問題なく過ごしている状況なのだと思われる。
そして今年、チェコ語の通訳をしていて確信した。
チェコ語の通訳が必要とされるコミュニティに入ったら、いまや平均3〜4割のメンバーはスロバキア人である、ということを。
チェコ語の勉強にスロバキア語の話は出てこない
日本にもチェコ語の専門家、翻訳家がいるが、彼らからスロバキア語の話題が展開されているのはあまり見たことがない。
わたしはチェコ語専攻を卒業したが、「チェコ語」を学び、それをベースにチェコ文学やチェコ語の論文を読んだりするのを目指していた。
先生はチェコ人、テキストもチェコ語。
それはそうだろう。
読むべき本の書き手がチェコ語話者だったら、その本はチェコ語で執筆されている。
留学して出会って付き合うことになったパートナーがチェコ人で、その人とその家族くらいの人間関係で話すだけならチェコ語で十分だ。
しかし、私が「チェコ語学習者」から「ネイティブと同じようにチェコ語を使う人」の世界に入ろうとしたら、そこにはスロバキア人がたくさんいた。
…ここまで書いていて思い出した。
日本で編まれたチェコ語教科書のうち、もっとも高品質である『チェコ語の入門』。
ここにはスロバキア語の話題が出てくる。
わたしはこの本のおかげで、スロバキア語を習っていなかった頃から「じゃがいも」だけはスロバキア語ですぐわかる。
学習者は「チェコ語とスロバキア語は似ている」を本気にしてはいけない
いちおう、わたしは大学3年の時にスロバキア語の授業を週に1度受けていた。そのとき強くこう思った。
「チェコ語と似ているとさんざん聞いてきたのに、全然違うじゃないか」
その知識があったので、2018年のスロバキア語の夏学校は、何がちがうかを確認する機会になった。
チェコ語とスロバキア語は発音やちょっとした文法がちがうだけでなく、基本的な語彙もけっこうちがっている。
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似ている単語もたくさんあるし、それらは推測できる範囲だが、もともと何も共通していないと思われる語彙もなかなか多い。
これらは聞き取れたとしても「スロバキア語のあれだ」とわからないと意味がとれない。
もちろん同じ西スラブ語群と分類される2つの言語なので、共通点はある。
でも、それは他の言語と比べた上での共通点であって、無条件に「チェコ語がわかればスロバキア語がわかる」わけではない。
「標準語と関西弁のようなものです」
チェコ語とスロバキア語が似ている、という話をするときに必ずといっていいほど出てくるのが、この言い回し。
標準語(東京弁、関東方言)と関西弁(大阪弁、関西方言)によくたとえられる。
多くの場合、語彙やアクセントの差異をイメージしやすく大ざっぱにたとえているのだと思うが、このたとえのポイントは「テレビやラジオなどを通じて母語と並ぶ存在になっている」という部分が大きく当てはまると思う。
首都圏にしか住んだことのない、親戚にも関西在住の人はいないにも関わらず、わたしが関西弁を理解できるのはなぜか。
それは小さいころから、テレビやラジオで関西出身または関西を拠点とする芸能人や著名の話す姿を長いこと見ていたからだ。
それとまったく同じことが、チェコスロバキア時代のチェコ人、スロバキア人にもあったわけだ。
そして、それだけではなく、多くのスロバキア人が「チェコで仕事をしたときこんな言葉が通じなかった」「こんなやりとりでこんな誤解をされてしまった」という話をおもしろエピソードとして語っているのを、わたしもチェコ語の媒体で何度も見てきた。
チェコスロバキア解体から25年が近づいた2017年11月、「もう若い世代はスロバキア語がわからない」という記事も出ていましたが、これも綿々とつづくスロバキア語とチェコ語のちがいを笑う小話のひとつのように見える。
つまり、私たち日本のチェコ語学習者がスロバキア語をわからなくても、それはまったく自然なこと。
チェコ語を勉強する延長線上、さらなる広い実践の場で、スロバキア語の知識を増やす、ということが存在しているのが、まだ広く知られていないだけなのだ。
白黒つけたい私の思考vs.スロバキア人
今年、チェコ語の仕事をとおして、何人ものスロバキア人と遭遇したが、みんな明るくスマートで真面目でとても好印象を受けた。
彼らがスロバキア人だからといって、チェコ語を使おうとしていたわたしにとくに迷惑がかかったわけではまったくない。
むしろ居心地よく、仲良くさせていただき、気になるのは、私が彼らをチェコ人だと思って接したことでイヤな思いをさせてはいなかったかということくらいだ(それもあまりなかったように思う)。
どうしても私は、チェコ人ならチェコ人として、スロバキア人ならスロバキア人としてその人を認識したいと思ってしまうようだ。
仲良くなればなおさら。
チェコ語とスロバキア語は似ている。
チェコ語とスロバキア語は別物である。
時と場合によって、当人たちによっても使い分けられているこのダブルスタンダード。
その存在をほとんど意識されないこともあるほどなのに、数としてはかなりいるであろうチェコ人の中にいるスロバキア人たち。
今年は、彼らに興味がわいた一年だった。
ここで、スロバキア人が2つの言語のちがいを日本語で解説している動画がYouTubeにあるので、ご紹介したい。
15年くらい前に、チェコで知り合ったスロバキア人のお友達ベロニカの動画だ。
言葉で区別しない世界をもういちど
先日ユーロビジョン・ソング・コンテストについて記事を書いたが、2025年のチェコ代表はスロバキア人男性シンガーのADONXS(アドニス)。
わたしが気になっていた「チェコだと思っていたらスロバキア人出てきた」という状況がここにも。
ADONXSは、2021年にオーディション番組Česko Sloveská Superstarで優勝して有名に。本名のAdam Pavlovčinという名前でもたくさん動画やインタビューが出てくる。
彼は16歳でスロバキアのミヤバからブラチスラバへ。
その後、プラハに1年在住したあと、その後はロンドンで歌の研鑽を積んで、音楽活動を始めたそうだ。
プロフィールからすると、彼がチェコに暮らした月日はおそらく3〜4年というところだ。
彼には6つ年上の姉がいる。
姉のラトカ・パブロフチノヴァーは17歳から映画女優として活動し、プラハの音楽学校に通い、その後もチェコの舞台やテレビで活躍している。
彼女は人生の半分以上18年ほどチェコで暮らしていることになるようだ。
二人揃ってチェコメディアのインタビューに答えているこの動画を見ていると、姉のラトカはほぼチェコ語、アドニスは終始スロバキア語で話している。
きょうだいでちがう言語を話したうえで、お互いを理解し、違和感を抱くこともなく、とびきりの笑顔が飛び出してくるのを見ると、もうチェコ語とかスロバキア語とかどっちでもいいような気持ちになってくる。
2つの言語があることが、豊かさの一つの形にも見える。
私はチェコ語の学習という道のりでスロバキア人たちに出会った、ということを2024年の到達点の一つとしたい。
そして、来年は言葉での区別を超えた世界をもっと楽しんでみたい。
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