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【ショート・ショート】花粉症

 タガスギは長いこと花粉症を患っています。

 タガスギには長年同病相哀れむ友人がいるのですが、彼は「この頃段々花粉症の症状が鈍くなってきた」と、未だにティッシュの箱が片時も手放せないタガスギの前で笑顔を見せます。
 彼は「年取ってきたからかな」と御高説を垂れますが、彼は医者でも専門家でもないので、タガスギの中では『あくまで個人の感想』という扱いです。
 でも彼は昨年一回も薬を飲まないで済んだそうです。それを聞いたタカスギは面白くありません。そんな彼をうとましく思います。いいえ、それ以上、彼に何のうらみもないのですが、そんな彼に憎らしささえ覚えます。

 さて毎年この季節になるとタカスギは花粉情報が気になります。
 ニュースでは杉花粉の飛散量が多いとか少ないとか、色づけされた日本地図上(これは赤いほど杉花粉の飛散量が多いことを表しています)で推測しています。タカスギは自分が住んでいる地域が真っ赤なのを見るだけで、鼻の奥がムズムズし出し、くしゃみと鼻水が止まらなくなります。
 それによると、今年は去年より多いが平年よりは少ない(去年が極端に少なかったため、こんな分かり難い表現になります)そうです。タガスギは、今年も軽そうだなと期待してました。

 タカスギは例年一番効き目が弱い花粉症症状軽減薬(名前にプレミアムとか箱に金色の帯とかが入っていない、一番安いヤツです。発売から随分時間が経ってますから、その分新しい商品に比べて効き目が弱いとタカスギは考えています)を服用しています。しかも一回一錠、一日三回という処方ですが、昨年までは一日一錠と量を減らしたくらいで十分でした。ですから自分の症状は軽い方だと思っていました。
 それでもタカスギは予防対策をおこたりません。外出はなるべく控えます。が、やむを得ない時は、花粉が付着しにくい表面がつるつるの衣服を直用、帽子を被り、マスクとゴーグルは必須です。家に入る前には、玄関先でしっかり衣服を叩いて、粘着テープのローラーで(ロール一本が一週間でなくなることもあります)丁寧に花粉を取り除きます。そのまま風呂場に向かい、衣服を脱いで、そのまま洗濯機を回します。空気洗浄機は各部屋に一台ずつ設置して、万全の体制です。

 それがどうでしょう。今年は打って変わって悲惨な状況になりました。予防対策はしっかりやっているにもかかわらずです。
 去年までの薬の量では全く利かないのです。一回一錠、一日三回(これが正規の処方量です)飲んでも、一回の量を倍に増やしても(こういう飲み方をしてはいけません)、続けざまに出るくしゃみと、くしゃみが治まった途端にだらだらと流れ続ける鼻水とに散々苦しめられます。ティッシュペーパーの山ができ、トナカイ鼻(鼻が赤いと言う意味です)になりました。
「難儀ねえ」
 タカスギの妻には他人事です。タカスギはカチンときましたが、そこは大人、おくびにも出しません。タカスギの妻は花粉症とは無縁です。杉花粉どころか、アレルゲンを全く持っていない(昨年、血液検査で判明しました。全く驚くばかりです)のですから仕方ありません。
「平年より少ないと、**(朝の情報番組の名前です)で言ってたんだ。もうあの番組は絶対見ないぞ」

 そもそも花粉症は、国民の四人に一人がわずらい、しかも毎年患者数が増え続けていると云う、ほとんど国民病といえる病です。国が旗を振って製薬会社の尻を叩けば、現在の医療技術を持ってすれば、数回の服用または注射で完治する薬を作るのは可能だと、タカスギは思っています。それをしないのは、製薬会社の策略(決して彼らは金のる木を手放すことはないでしょう。毎年決まった売り上げを見込めるのですから、こんな美味しい話はありません)だと信じています。
 それでも、流石に世論に押されてか、舌下免疫療法なるものが発表されました。これは完治する(確証はありません。完治するか、しないか。私は半々だと思っています)までには、三年以上服用し続ける必要があります。逆に云えば三年間は製薬会社は売り上げが期待できるということです。『石の上にも三年』とも云いますが、三年間はかなり長い期間です。続けるにもかなりの努力を要します。従って途中で諦める人が続出する(それも計算に入っているのでしょう)のは目に見えています。
 つまり単なるお茶濁しに過ぎないのではないかとタカスギは考えています。

 それはともあれ。
 タカスギは、近くのドラッグストアで薬剤師に相談して(以前アレルギー専門の医院で看てもらっていたのですが、一向に治る気配がないので、時間と金の無駄だと判断して通院を止めました)より強い薬を紹介してもらいました。今度はきちんと処方通り服用しました。
 確かに強い薬です。タカスギの症状は嘘のように出なくなりました。鼻水はもくしゃみもピタリと止まりました。
 しかし今度は、薬の強い副作用に悩まされることになりました。唾液が出辛くなって舌が荒れてしまいました。食べ物を美味しく食べられません。また小水(おしっこのことです)が出にくくなりました。これはこれで結構辛く苦しいものでした。
 副作用の方がこれ程きついのでは本末転倒もいいところです。

 馬鹿馬鹿しい。

 タカスギは、ぱたりと薬の服用を止めました。しかも前の軽い薬に戻すのではなく(効かないのですから、当然です)、全く薬を飲むことを止めてしまったのです。それと同時に今までやっていた予防のための対策(これはこれで結構大変で、金も手間も掛かります)も一切止めてしまいました。成るようになれです。やけの勘八かんぱちです。
 その結果くしゃみや鼻水は出ますが、副作用に悩まされることはなくなりました。

 それから暫くして、タカスギはあることに気づきました。それは、くしゃみも鼻水も余り出なくなったことです。少し鼻がムズムズする日もあるにはありますが、それさえも軽いものです。
 あれっ?
 これまでの苦しみや努力は何だったのでしょう?
 花粉症はどこへ行ったのでしょう?

 花粉症の正体は、体の免疫反応が花粉に過剰に反応して起きるアレルギー反応だそうです。
 今までなら花粉に反応してきた免疫が、老化により衰えてきた他の免疫を助けるために働いているのかも知れません。空気がきれい過ぎたのも良くなかったのではないかをとも思っています。※
 『病は気から』ということわざもあるくらいです。要は気の持ちようです。※

「あなた、この頃、調子いいみたいじゃない」
「お前は、気楽でいいよな」
 明日も花粉情報は真っ赤ですが、タカスギの花粉症はまだ息を潜めて大人しくしています。

 ※ あくまでも個人の感想です。

<了>

 今年はまだ量は少ないそうですが、もう花粉が飛び始めているそうです。

 早い人はそろそろ花粉症症状軽減薬を飲み始める頃ですね。去年の夏はべらぼうに暑かったから、今年の杉の木は元気いっぱいに花粉を吐き出すことでしょう。
 でも私は、今年もマスクだけでり過ごす積りです。



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来戸 廉
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