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【ショート・ショート】ピンポンダッシュ
何で来てしまったんだろう。
学校で毎日顔を合わせていても話せないのに、二人きりで面と向かったら何にも言えず逃げ出してしまいそうだ。
しっかりしろ、聡美。
自分を鼓舞する。
明日は卒業式。高校は別々になるから、今日が自分の気持ちを伝える最後のチャンスだ。
一大決心をしてきたものの、聡美はもう何度も家の前を行ったり来たりしている。聡美にとっては、何時間もの出来事にも思えたが、実際には数分のことに過ぎない。
思い切って玄関のインターフォンに指を伸ばす。ボタンまで10センチ。プルプル震える右手を、左手で支えた。後1センチ。そこで指がぴたりと止まった。
早く押せ。
押せないよ。
臆病な心がせめぎ合い、指の動きを止めている。
「大石、俺ん家に何か用か?」
声と同時に、背中をポンと叩かれた。
あっ。
その拍子に、聡美の指はボタンを押してしまった。
ピン、ポーン。ピンポン。
思いの外大きな音がした。聡美は、咄嗟に目の前にあった腕を掴んで逃げた。
えっ、俺も?
聡美は走った。大輔も引っ張られるまま走った。
「おい、止まれよ」
大輔は息が切れてきた。足がもつれて転びそうになった。
「おい、大石」
唐突に聡美が止まった。大輔は聡美の背中にぶつかりそうになった。
「もう、もういいだろう」
大輔は肩で大きく息を吐いている。
「ごめん」
「何で俺まで逃げなくちゃいけないんだ」
「ごめん」
「あのなあ、お前は陸上部だからいいけど、俺は帰宅部だぜ。もう、殺す気か」
「ごめん」
「お前、さっきからごめんとしか言ってないぞ」
「ごめ……。あっ」
聡美は、言いかけて言葉を飲み込んだ。
「……ずっと……見てたの?」
「ああ」
「……最初から?」
「ああ。俺ん家の前でうろうろしているから、不審者かと思ったぜ」
聡美は顔から火が出る思いがした。
「……いじわる」
「俺、自分っちでピンポンダッシュしたの初めてだぜ」
「ごめん」
「ほらまた言った」
「……」
「何で、逃げたんだよ」
「だって……」
「だって、何?」
「分かんない……」
「わかんないって、お前」
「何だか分かんないうちに走っていたの」
聡美は顔を上げられない。
「なあ、大石。俺に何か用事があったんじゃないのか?」
「うん、そうだけど……。でも、もういいの」
「もう、いいのか?」
「そう」
「そう……か」
大輔は他の言葉を期待していたのに、少しがっかりした。
「ごめん……。あたし、帰るね」
「待って……」
大輔が聡美を引き留める。そして大きく息を吸い込んで、
「大石、俺と、付き合ってくれ」
と吐き出した。
「ごめん……」
反射的に口を吐いた。
「えっ、……今、何て言ったの?」
「お前のこと、好きなんだ。俺と付き合ってくれ」
「……」
「イヤか?」
聡美が顔を上げた。目に涙を一杯溜めている。大輔は戸惑う。
「泣くことはないだろう」
「だって……」
聡美は涙を拭いながら、こくりと頷いた。
聡美の願いは思わぬ形で叶ったようだ。
ピンポンダッシュとは、他人の家屋の呼び鈴を鳴らして逃げる犯罪行為です。
ちなみに名称の由来は、「ピンポーン」と呼び鈴を押して、「ダッシュ」で逃げることにあります。
良い子は絶対真似しないように!!
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