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【ショート・ショート】天秤

 少しだるくなってきていた。陽子との関係が、である。

「別れましょうか?」
 それは、絶妙のタイミングで、しかも「今日は、とてもいい天気ね」と言うのと同じくらい自然に、陽子の口から発せられた。
「えっ?」
 私は間の抜けた返事をした。

 私は断言する。もし、この日より一日でも前か後だったら、私は二つ返事で「そうだな」と答えていただろう。
 つきあい始めて、二年。陽子は今年で二十八歳。彼女の年齢を考えると、そろそろ結論を出す時期にきていた。決心が付かないまま、ずるずると先延ばしにしていた感がある。マンネリ化してきたなとも思う。
 別にそろそろ終わりにしてもいいかなと思ったこともある。
 私はそんな態度をおくびにも出した覚えはないが、陽子は敏感に感じ取ったのかも知れない。

 例えばここにてんびんがあるとする。
 左右の皿には計測物とおもりが乗っている。明らかに両方の重さに差がある時には、直ぐに腕は片方に傾いて止まる。
 しかし、ほとんど差がない場合、もしくは同じ場合は、腕は左右に振れていつまで経っても止まらない。だから指針が目盛りの中央から左右に等しく振れたら、釣り合っていると判断する。

 私の思いと陽子の思いを乗せた天秤は、何度もゆっくり揺れていた。
 天秤の指針が私の方に揺れ戻っている最中の、ちょうど目盛りの中央付近で、つまり陽子の気持ちがもっとも大きい速さで私の方に向かって来た時点で、陽子はそう言った。

 陽子をしむ気持ちが、私に「待てよ」と留めさせた。
 そして「結婚しよう」と言った。

 だから陽子が「結婚しましょうか?」と言ったとしても、結果は同じだったのではないかと思う。

 結婚して、七年。
 ふとしたときに、ほかの選択もあったのではないかと考えることがある。だからといって後悔しているということではない。

 陽子と私を乗せた天秤はほとんど左右に等しく揺れている。そして段々振れ幅が小さくなって行き、いつか止まってしまう。

 それでもいいけれど……。

 互いの存在が空気みたいになる前に、

 私はちょっとした刺激を加えて、揺れを少しだけ大きくしたいだけ……。


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来戸 廉
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