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【創作大賞2024応募作恋愛小説部門】リスト (4)

4.

<平成二十六年八月>
 山下浩三が帰宅して郵便受けを覗くと、チラシやDMに挟まれて一通の封書が入っていた。裏書きを見ると住所に覚えがあった。差出人は山村精一で記憶と違っていたが先日の手紙への返事らしい。
 そこには、手紙のお礼と、幸子に対するお悔やみと、妻が亡くなったことがつづられていた。その上で、妻が杉本隆氏を捜していたことは知らなかったが、それが妻の遺志であるならば、私が代わりに捜したい。ついては、その後何か思い出したり、分かったことがあれば、お手数でもご連絡頂ければ有り難い旨が添えられていた。

 浩三も妻を亡くした気持ちはよく分かる。何とか力になりたいとは思うが、如何いかんせん何の情報も得られずにいた。浩三はそれがもどかしかった。

 今年は妻の新盆だが訪れる親戚の予定もなく、浩三は静かに迎え火をくつもりだった。

 そんな折、浩三は妻のかつての教え子達の弔問を受けた。総勢二十一名。
 橋本と名乗る男性から往訪の許しを乞う電話を受けた時には、浩三はこれほど大勢が来るとは思っていなかった。卒業から四十年以上経っても妻のためにこれだけの人が集まってくれた。浩三は感激していた。

 橋本は「すみません。先生の弔問に伺うことを話したら、私も、私もと増えてしまいまして……」 と詫びた。
 彼らは幸子が初めて担任した生徒達で、彼女の思い入れも一入ひとしおだったことだろう。その思いは生徒達にも伝わっていたようで、お盆に帰省していた殆どが来てくれたそうだ。
「先生の訃報を知って直ぐ駆けつけたかったのですが、遠方におりますもので……」ままにならなかったそうだ。
「先生は、小学五年、六年の二年間、私達の担任でした」
 全員から自己紹介されたが、浩三が覚えられたのは橋本だけだった。

「飲み物等は持参しましたので、お構いなく。山下さんは座っていて下さい。僕らでやりますから」
「いやあ、助かります」
 家事は妻に任せっぱなしだったせいで、こういう場合には勝手がわからず手間取ってしまう。
 家は田舎造りで、座敷は二部屋続きをふすまで仕切る構造である。
 橋本の音頭の元、彼らはあれよあれよという間に、襖を外し、座卓を並べ、飲み物やお茶けまで用意し終えた。
 襖を外して続き間にしても、流石にこの人数となると手狭で、内廊下にまで人があぶれていた。

 誰かが持参した卒業アルバムや修学旅行の写真、卒業文集などを座卓に広げると、それらを取り囲んで幾つかの輪ができ、それぞれの思い出話に花が咲いた。

 話が一区切りしたところで、浩三は杉本隆という名に覚えはないかと訊ねてみた。
 誰かが「聞き覚えがあるな、その名前。隆かどうか、自信がないけど」と言うと、それを受けて、
「あっ、そうだ。五年の二学期の途中で転校したんじゃなかった?」
 と言う。それが口火となった。
「そうだ、確か親の会社が倒産して……」
「夜逃げしたって噂だったよな」
「あれ、その話、本当だったの?」
「うちの親がそう言ってた」
「じゃあ、信用できないな」
「何よ、それ」
「もう一人いたな、同じ頃転校したの」
「ミーちゃんのこと?」
「そいつの所も確か倒産したんじゃなかったっけ」
「それに五年の夏休み前に転校して行ったのも、いたよな」
「ナツコだったかナツミっていったような」
「そう、三名よ。あの年は転校した子が多かったわよね」
「呪われたクラスだって陰口叩くヤツもいたな。俺がぶっ飛ばしたけど」
「そんなことしてるから、怒られて廊下に立たされるのよ」
「もう止めろよ。先生の前だぞ」
「そうよ、先生そういうの、嫌っていたでしょ」

 二十余人もいると一つの発言から話が五にも十にも拡がる。話が発散し掛けそうになったので、浩三は一旦止めた。

「ちょっと待って。杉本隆という生徒は二学期の途中までは、あなた達のクラスにいたんですね」
「確かそうです。昔のアルバムを開けば写真があるかもしれません」
「お前、あいつのこと好きだったもんな」
「そんなんじゃないわ」
「そう、修学旅行の写真の焼き増しを申し込む時、あいつが写っているのを何枚か注文していただろ」
「よくもまあ、そんなぐだらないことをよく覚えているわね」
「だって、こいつよお、お前のこと好きだったんだぜ」
「違うからな」
「いいだろう、昔のことなんだから」
「よくない。俺んとこ、熟年離婚の危機なんだ。昔のことでも、うちのやつの耳に入るとやばいんだよ」

 また脱線し掛けた。そこで浩三は先の質問の趣旨を伝えた。
「実は、妻の教え子で旧姓高松美枝子という方が、杉本隆さんを捜していたそうなんです。美枝子さんは先月亡くなったそうですが、ご主人がその意志を受け継いでおられます」
「高松美枝子って、さっき話に出たミーちゃんだろう」
「多分ね」
 同級生が亡くなったと聞いて、にわかに場が静かになった。

 浩三は先程からの話を聞いていて、昔のアルバムに写真があるかも知れないと言っていた女性が最も有望そうに思えた。
「あなたが一番二人のことをご存じのようだ。お名前は?」
「石井雅子です。旧姓は下田です」
「もし差し支えなければ、あなたのことを紹介しても宜しいでしょうか? その方は神奈川にお住まいの山村精一さんとおっしゃいます」
「私の家と近いですね。ええ、それは構いませんが、今話したこと以上は知りませんが、それでよろしければ……」
「それで大丈夫です。どんなことでもいいから、杉本隆さんに関する情報がほしいようです」
 石井雅子は手帳のページを破き、名前と住所、電話番号を書き付けて、浩三に渡した。
「私の方から石井さんの方に連絡するよう伝えます。よろしくお願いします」

 浩三と石井の話が終わったのをしおに、橋本が、
「じゃあ、そろそろお暇しようか」
 と皆を促した。
 来た時と同じく、座卓を片付ける者、襖を立てる者、紙コップ等分別して持ち帰る役、それぞれに役割を分担して、あっという間に部屋が片付いた。

 彼らが去った後、静まりかえった部屋に蝉の声がじりじり染み込んできた。

 九月初旬。
 山村精一は山下浩三からの手紙を受け取った。
「おとうさん、山下さんは何だって?」
「お盆に奥さんの教え子達が来てくれて、その中に美枝子のことを知っている女性がいたそうだ。石井雅子さんと仰る。直接会って話を聞けるよう頼んでくれたようだ」
「まだ糸が完全に切れた訳じゃなかったわね」
 住所を見ると神奈川県小田原市とあった。
「近くじゃない。善は急げよ。早速電話してみたら」

 精一は石井雅子に連絡した。
 しかし彼女もまだ会社勤めしているので、直ぐには都合が付かなくて、約束を取り付けたのは九月も下旬になった頃だった。その日は亜希子も有給を取って付き合ってくれることになった。

 約束の当日。
 朝早く電話が鳴った。壁の時計を見る。七時まで少し間があった。
「はい、山村です」
「……」
 受話器の向こうで息を呑む気配がした。
「もしもし。山村ですが……」
「あのぅ。は、浜田です。克也です」
 元の勤務先である浜田製作所の社長、浜田克也からの電話だった。山村は自分の声がとがるのがわかった。

「何の御用でしょう?」
「山村さん、今更こんなことお願いできる筋合ではないと分かっているんですが、他に頼れる人がいなくて。虫のいい話だとは分かっています。頼みます、助けていただけませんか?」
「それで……」
 精一は先を促す。浜田は、初めこそ躊躇ためらっていたが、そのうちせきを切ったように話しだした。精一は、それを黙って聞いていた。
「分かりました。これから直ぐ伺います」
「本当ですか。ありがとうございます」
 受話器から安堵あんどのため息が漏れた。

 電話を切ると、亜希子が険しい顔をしてかたわらに立っていた。

<続く>


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来戸 廉
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