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【ショート・ショート】空からの贈り物

 ある日の午後。僕が塾に行こうと外に出たら、空からいっぱい雲が降ってきた。それは、音もなく道に落ちた。僕は、最初その白いふわふわとした塊を綿菓子だと思って拾い上げたが、一口かじって違うことに気づいて捨てた。よく見ると、歯形が付いたのが、道のあちこちに幾つも転がっている。
 ――なーんだ。僕だけじゃなかったんだ。

 僕はコンビニの前で信号を待ちながら、道路に転がった雲を器用に避けて走る車と、その度に風圧で舞い上がり、しばらく漂ってからゆっくり落ちてくるそれを、ぼんやり見ていた。
 ――よくかれないなあ。
 僕は、それを蹴飛ばさないように気をつけながら横断歩道を渡って、いつものように塾に向かう。塾では誰も雲のことは気にも止めていなかった。
 ――あんなの、交番に届けても、お巡りさんは迷惑だろうな。
 授業を聞きながら、僕はふとそう思った。

 雲が落ちて無くなった空は青一色で、何となくガラーンとして締まりのない顔になる。
 何とか雲を空に戻す方法がないものか、僕は休憩時間に塾の先生に尋ねてみた。
「うーん、教科書にも辞典にも載っていないなぁ」
 先生にもお手上げらしい。

 塾の窓から外を眺めると、僕のおじいちゃんが、雲をせっせと集めていた。
「おじいちゃん、何しているの?」
 おじいちゃんは、僕に気づかない。やがておじいちゃんは、それらを固めて座布団ぐらいの大きさにした。
「なかなか、どうして」
 おじいちゃんは掛け声を挙げながら、もっと寄せて布団の大きさになった。
「こりゃあ、いいわい」
 もっと、もっと繋いで大きな大きな絨毯じゅうたんを作った。
「さーてと」
 おじいちゃんがほいっと飛び乗ると、絨毯はふわふわ、フワフワ浮き出した。
「おじいちゃん、どこへ行くの。病院に戻らなくてもいいの?」
 おじいちゃんは、僕に向かって空を指差して笑った。絨毯は、どんどん上っていって、とうとう空の彼方かなたに見えなくなった。

 夕方、僕が塾から帰る頃には、雲は全て空に戻っていた。
 ――なーんだ、心配して損した。

 帰宅すると、かあさんから、おじいちゃんが死んだって聞かされた。
 そうか。おじいちゃんは雲の絨毯に乗って空の彼方に行ってしまったんだと、僕は思った。
 でもとても嬉しそうだったから、きっとあれは、いつも僕たちのために一所懸命生きてきたおじいちゃんへの、空からの贈り物に違いない。

 あの雲かな、それとも、こっちかな。
 いつか、僕にも空からの贈り物が届くのかな。

 僕はあかね色に染まった空を見上げた。


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来戸 廉
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