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【連載小説】10 days (18/21)

10.2

「よし。今夜、うちでバーベキューでも、やらないか? 花火でも観ながら」
 会話が切れたタイミングで、健一が提案した。

 今日は、熱浦市の花火大会の最終日だ。例年は土日の二日間だけだが、今年は市政五十周年を記念して、金曜日からの三日間で行われる。今日が大会中一番多くの花火が上がる。三尺玉や派手な仕掛け花火も予定されている。

「何だ、随分急な話だな」
「佑斗は明日帰るんだ。皆にも色々お世話になったから、お礼も兼ねてな」
「えーっ、うそ。ユウくん、もう帰っちゃうの。寂しくなるなぁ」
 ママが声を上げる。かすれる語尾に、佑斗は別れの寂しさを切実に感じた。
「ケン、お前、がっくりして寝込むんじゃねぇぞ」
「バカ言え。そんなこたぁ、ない。反って清々すらぁ」

「まあ、ケンさんたら、強がっちゃって……。私も参加したい。私も、いい?」
「もちろんさ。でも店はいいのかい?」
「臨時休業にするわ。お酒とつまみに何か見繕みつくろって、持って行くわね」
「もちろん、俺も、行くぞ」
「お前は、呼んでないよ」
「何だと!」
「ったく、冗談が分からんヤツだな。じゃあ、お前には、アワビとか伊勢エビを頼もうかな」
「おい。俺を破産させる気か。せいぜいサザエとかブラックタイガーぐらいで勘弁してくれよ」
「若いがいた方が、華やかでいいでしょう? 姪っ子にも声掛けてみるわね」
 健一は、思わず「いいねぇ」と言いそうになったが、泰子に気づいて思い留まった。

「圭太や師匠も呼んでいい?」
「当たり前だ。お前の友達だろう。大事にしなくちゃな。あっ、そうだ……」
 健一は佑斗手招きして耳打ちした。

「じゃあ開始は午後七時だ」
 健一が言うと、それを機に散会となった。


 健一は帰りに『八木ミート』でステーキ用の肉を買った。
「今日は肉の日じゃないのに、大量買いだね。ケンさん、今日は何だい?」
「花火を見ながら、皆で騒ぐのさ。あんたも来るかい?」
「ありがとうよ。でも家族団らんするんだろ。野暮はしないよ」
 『八百八』ではトウモロコシやカボチャを求めた。

「さあ、帰ったら、直ぐ準備だ。忙しくなるぞ」
「お父さん、何だか嬉しそうね」
 嬉しくはない。だがじっとしていると気持ちが落ち込みそうだった。何でもいいから体を動かしていたかった。


 当初は七名の予定だったが、圭太が両親を、ママにへばり付いてきた常連二人が加わり、ママの姪の内山千鶴が友達を二人連れてきて、総勢十四名となった。
 常連の一人は河合康晴と言う。ママがドアに臨時休業の張り紙してる時に、たまたま通り掛かった河合にうっかり口を滑らせたら、俺も参加すると言い出して、それならと俺も三津屋泰治まで付いてきたそうだ。もっとも二人とも健一や源三とは顔見知りで、飲み仲間だ。

 圭太は両親を伴って訪れた。夏美も同乗していた。圭太に連絡する際に両親も誘うようにと、健一が佑斗に指示したのだった。
「今日は、お招き頂きまして、ありがとうございます。これ、よかったら」
 アワビとクルマエビは圭太の父、義正の差入れだ。
「それはそれは。先日頂いた魚のお礼も未だ言ってなかったのに恐縮です。今夜は源三も来る予定でしたので、差し出がましいかと思いましたが……」
「そんなことはありません。二人とも頑固ですから、私もなるべく一緒の機会を増やそうと、苦心していた所ですから、大助かりです」
 一昨日、圭太が言い出して義正が夕食に源三を招いたそうだ。二人共ぎこちなかったけど、酒を酌み交わしていたと、圭太は嬉しげに披露した。
 圭太の母、美紀子と圭太が話す横で、義正は一つ一つにうなづいていた。

「俺達からは、デザートの差入れだ」
 『サクラ』の常連二人だ。
 健一は「康とサイダだ」と紹介しながら、「お前等に似合わないな。でもありがとうよ」と受け取る。
「サイダさんって?」とは泰子。
「こっちが河合康晴で、あっちが三津屋泰治だ。ミツヤだから、当然サイダーだろう」

 最後はママの一行。
「チーちゃんの大学の友人で、真美ちゃんと萌ちゃん。前に一回お店に来たことあるけど……」
「ああ覚えてるよ。一ヶ月ほど前だよな」
 すかさず三津屋が当てずっぽうに応える。
「先週よ。もう、いい加減なんだから」
「チーちゃん、勘弁してあげてよ。こいつ、昨日の夕飯も思い出せないほど、けてるから」
 とは河合。
「可愛い娘だと、忘れないんだけどなあ」
 これは誰か。多分、源三?
「まあ、ひどい。それってセクハラよ」
 と、まあ、酒が入る前から大騒ぎだ。

 それはともあれ。
 当初、健一は食堂でやる予定だったが、急遽きゅうきょ庭に変更した。
 テーブルと椅子を運ぶのに、男手を借りた。佑斗と泰子は家中の蚊遣り器を集めて、テーブルの周りで蚊取線香をいた。


「じゃあ、始めようか」
 もっぱら健一と泰子が交代で、ビール片手に肉や野菜を焼いた。

 テーブルの周りには幾つかのグループができていた。
 佑斗は圭太と、夏美を挟んで話している。
 源三は常連らと、千鶴や友人達をからかいながら、いじられながら、騒いでいる。義正もお酒は好きなようで、その輪に加わっていた。
 ママと美紀子は、談笑を交えながら、静かにグラスを傾けていた。
 それらに時折健一や泰子も加わって、みんな飲食とお喋りに夢中で、花火はそっちのけだ。花火を観ながらバーベキューしようという趣旨はどこへ行ったのやら。

「ジュースのおかわりは?」
 佑斗が聞くと、
「おう。もらう」「私も、いい?」
 佑斗は食堂に戻り、冷蔵庫からオレンジジュースを出してコップに注ぐ。
 ひゅー。ひゅー。丁度花火が上がった。
 どーん。どどーん。弾ける音が窓ガラスを震わせる。
 だが、佑斗が今立つ位置からは桜の葉に隠れて花火が見えない。避けるように左に移動すると、枝葉の陰から幾つかの大輪が現れた。
「きれいだなぁ」
 佑斗は思わずつぶやく。その瞬間、ひらめいた。
 ――あっ。わかった。そういうことか。
 佑斗はコップをテーブルに置くと、外に飛び出し掛けたが、数歩走った所で思いとどまった。
 ――いや、今じゃないかぁ。
 佑斗は独り合点すると、お代わりを持って二人の元に戻った。


 九時少し前、花火が続けざまに打ち上げられた。それが花火大会の終了の合図だ。

「さあ、俺達もお開きにするか」
 源三が席を立つと、みんなも腰を上げた。
「さあ、後片付けするぞ。康、サイダ、テーブルを運んでくれ。佑斗、圭太は椅子をな。バーベキューコンロと火の後始末は、ケン、頼む。」
 源三が音頭を取って、一斉に片付けが始まった。
「紙皿と紙コップ、割り箸は燃えるゴミ。瓶は燃えないゴミ、缶は有資源ゴミ、ちゃんと分別してな。その辺の洗い物は流しに運んでくれ」
 源三の指示はてきぱきと無駄がない。
「残った食材は、冷蔵庫にな。野菜と肉はちゃんと分けてくれ」
 細部までそつがない。
「で、余った酒は、俺がもらっていくから、そのままでいい」
 抜け目もない。
 千鶴達は皿やコップを流しに運ぶ。
「ありがとう。そこに置いて下さい」
 泰子が洗う側から、ママが布巾で拭いてテーブルに並べた。それを千鶴達が食器棚に仕舞い込む。
「それは、そっち。これは、その下ね……」
 泰子は手際良く泡が付いた指で収納場所を差して、キャリアウーマンの片鱗を見せた。

 あっという間に片付けが終わった。ここまで半時間も経っていない。
「皆さん、今日はありがとうございました。佑斗がまた熱浦に遊びに来たら、その時は声を掛けてやって下さい」
 健一が会を閉めた。


「さくらさん、タクシー、呼びますよ」
 佑斗が声を掛ける。ママは、ありがとうと佑斗をハグしながら、
「康さん、サイダさんもタクシーで帰るでしょう。それとチーちゃん達と私で一台。じゃあ、二台、お願い」

「圭太、源三とお父さんのこと、頼むぞ」
「はい」
「ケン、今日はありがとよ。泰子さん、お世話になりました」
 源三はウィスキーとワインの瓶を抱えて美紀子の運転する車で帰っていった。

 圭太の家族が去った後も、ママ一行と常連二人はわいわい騒いでいたが、タクシーが到着すると、それぞれに分かれて、がやがやと帰途に着いた。


 波が引くように皆がいなくなって、三人だけになった。

「源さんって、何者なの?」
 佑斗は『サクラ』でバカばっかりしてる源三しか知らない。あんな毅然きぜんとした源三には驚かされた。
「昔、警察官だったと聞いたことがあるな。駅前の交番に長年勤務していたそうだ」
「ああ、道理で……」
 とは言ったものの、どうしても両者が結びつけられなかった。
「まあ、長く生きていると、人は色んな顔を持つようになるんだ。お前にだって、母親に対しては子供の顔、学校では中学生の顔、俺の前では孫の顔と、少なくても三つはあるはずだ」
 そうかも知れない。佑斗は少し分かったような気がした。

「祭りの後は、何ともわびしいな……」
「そうね」
「コーヒーでもれるか?」
「いや、いいわ。今頃になって時差けが出て来たみたい。何だかどっと疲れたわ」
「佑斗、お前は?」
「僕も寝るよ。おやすみ」

 健一は一人食堂に残された。

 少し風が出てきたようだ。葉と葉がれる音が聞こえる。

 じゃあ、俺も寝るか。

 健一は独りごちて食堂の灯りを消した。

<続く>






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来戸 廉
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