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【短編】置き土産

(1,959文字)

お断り:動物愛護家のかた、特に愛猫家の方は、この話の「下げ」に不快な思いをされるかも知れません。そういう方はご遠慮下さい。

はーい、ちょっと待って。そんなにピンポンピンポン鳴らさなくても。
はい。
あなた、どなた?
秋本さん。で、何の用?
詩織って子を探してる?
あんた、あの子の友達?
じゃあ、あれ、どうにかしてよ。
何のことだって?
猫だよ、猫。彼女、置いて行っちゃたんだよ。ショウゴって名前なんだよ。その猫は雌なのに、雄の名前付けちゃって。勿論、私はそれは変だろうって反対したさ。でも彼女、あの通りの頑固者で、言い出したら聞かないだろう?

えっ、知らない?
あれ、あなた、彼女の友達じゃないの?
恋人?
違う?
あっ、会社の同僚なの。へーっ。会社じゃ、そんな顔見せてないんだ。そうなんだ。そうか。
えっ、俺の名前?
そんなの、どうでもいいじゃない。間柄?
説明するの、難しいな。まあ彼氏……みたいなものかな。付き合っていたと言うか、一緒にこの部屋に住んでいたんだよ。猫と彼女と三人で。あっ、猫は人じゃないから、二人と一匹か。このアパートはペットは駄目なんだけどね。管理人に見つかったら、追い出されちゃうよ。

えっ、何?
違う?
何が?
詩織?
誰?、それ。俺が話してるのは亜希子って娘のことだよ。えっ、違うの?
住所は? あっ、ここで合ってるね。
あなたが探している女性は詩織っていうの? 最初に言った? そうだっけ。
あなた、本当に会社の同僚? 写真、ある?
やっぱり亜希子だね。じゃあ、詩織って源氏名じゃないの。
それ、何かって?
キャバクラとか知ってる? そういう店で使う名前だよ。芸名みたいなものさ。あなたと話していると、話があちこちに飛ぶね。いや、別にいいよ。謝らなくても。怒っている訳じゃないから。こんな顔だから、よく誤解されるんだけど。

それは兎も角、彼女はさぁ、俺の言うことなんか聞かない女でさ。いつも自分の考えを押し付けちゃうんだよね。もう、ごりごりだよ。俺たちが別れた原因もそこにあるんだけど。そんなこと、どうでもいいやね。
まあね、彼女が持ってきた猫だからね。私にはミケだろうがショウゴだろうが、どうでもよかったんだ。
えっ、どんな猫かって? そんなこと俺に聞いてもだめだよ。全く興味ないんだから。でも血統書付きだって自慢していたから、どこかのペットショップで買ってきたのかもね。
うーん、毛は長くて黒っぽかったかな。虹彩の部分が黄金色でさ。暗闇にきらりと光るんだよ。夜中に見ると薄気味悪くて背筋がぞくぞくしたよ。

聞いたけど、猫って人間より場所に懐くものなんだってね。いつの間にかぷらっと居なくなるのに、飯時になるとどこからともなく姿を現すんだよ。閉め出すつもりで知らんぷりしてると、開けるまでニャーォ、ニャーォってドアの前で鳴き続けるんだよ、まあ五月蠅いのなんのって。
それに所構わずやたらと爪を研ぐし、お陰で柱や壁は引っ掻き傷だらけだし、ソファーなんかもボロボロだよ。
オマケに下の躾けもなっていないから、所構わず糞を垂れるし。何度かそれと知らず踏んづけて酷い目にあったよ。オシッコも異様に臭いしね。ペット用の消臭剤もまったく効かないのね。
俺ね、この部屋を出て行く時が心配なんだよ。原状回復しなくちゃ、だめでしょ。それって、どれくらい掛かるんだろう。あなた、知ってる?
知ってるわけないか。そうだよね。

もう一つ聞いていい? 狂犬病の予防注射もするんだっけ?
えっ、いらない。注射は犬だけ。猫は要らないの。あっそう。よかった。
でも避妊手術は必要だったね。どこで孕んできたのか知らないけど、子ども産んじゃってさ。五匹もだよ、五匹。母親そっくりでさ。一匹でさえ手を焼いているのに。
えっ、猫は好きだったのかって?
俺はそうでもないね。えっ、違う?
彼女がって?
そう、どうだったのかな。でも、好きだったら置いていかないでしょう。

だからさ、あなたもペット好きの女には気をつけなさいよ。特に猫好きにはね。良いのは最初だけだよ。
俺は、ペット好きよりベッド好きってね。こんな冗談は嫌い?
あっ、そう。ごめんね、そんな積もりじゃなかったんだ。えっ、そんな積もりって、どういうことって? もういいじゃん、謝ったんだから。
えっ、帰る?
そう。じゃあ、最後に一つだけ。ねぇ、これ、買わない? フリマでは一個8千円で売ってるんだけど、半額の4千円でいいよ。猫目石みたいだろ。ほら、光を当てるとキラリと光るよ。
えっ、いらない。おまけして3千円でどう? だめ。気持ち悪い?
あっ、そう。少しでも部屋の原状回復の費用に充てようと思っただけよ。
ところで、あなた、一体何の用事で来たの?
あなた、本当に会社の同僚かい?
まあ、どうでもいいけど。

でも、これ、結構貴重なんだよ。何せ、一回に二個しか作れないからさ。



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来戸 廉
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