白鳥落語と少女の私と〜三遊亭白鳥「落語の仮面祭り」·「第52回白鳥の巣」〜天神亭日乗24
十一月一日(金)
上野鈴本演芸場 三遊亭白鳥主任興行「落語の仮面祭り」
二〇二四年十一月上席夜の部「落語の仮面祭り」の幕が開ける。「落語の仮面」は少女漫画の名作「ガラスの仮面」からインスパイアされて白鳥師匠が創作した連続十話の連作落語。演劇の世界から落語の世界に舞台を移し、何の取り柄もない、可愛くもない一人の少女が、自身の物語を創る力に気づき、一人の落語家として成長していく物語である。
この「落語の仮面」全十話。このネタを十日間連続で寄席のトリでかけるのは、白鳥師匠ご自身も「初めて」とおっしゃっている。確かに以前の「祭り」では二日ずつの口演にしたり、途中で他の師匠が代演したりで、十日間十話ではなかった。そもそも自作の連続十話を寄席のトリでかけることはかの大名人、三遊亭圓朝師匠もやったのか分からない。これは歴史に残ることだと思う。
「ガラスの仮面」の作者、美内すずえ先生からもまた大きなお花が届いていた。紫のバラもある。この「落語の仮面」は美内先生も公認なのだ。
私が三遊亭白鳥師匠の落語を聞き始めたのは二〇一七年頃からだ。寄席で遭遇し「座席なき戦い」などに笑いながらも、落語のムック本で師匠の紹介に「メルヘン落語」というキャッチフレーズを目にし、「なんじゃこれ?奇をてらっているのかしら」などとネガティブな目で見てしまっていた。
しかし、白鳥師匠の経歴を見たときにある一行に目が止まった。「童話研究会に所属」とある。白鳥師匠は日芸の文芸学科の卒業なのだが、そこで児童文学のサークルに入っていらっしゃったのだ。「メルヘン落語」…いやいやこれはもしかしたら本物かもしれないと思った。
白鳥落語と出会ったことにより、私は自身の少女時代を辿ることになった。この「童話」—「児童文学」は私の中で、愛し憧れ、しかしある時に封印し、そのまま目を逸らしてきた世界であった。小さい頃から本が好きであったが、中学のときに、児童文学者になりたいと思った。今江祥智先生が教鞭を取っていらっしゃる短大に入って弟子入りしたいと進路の先生に言ったら「せめて四大に行って」と諭された。大学入学後は、いくつか児童文学のサークルをのぞいてみたが、皆かなり本気の創作集団であり、個性的な学生が揃っていた。私はちょっと臆してしまった。また自分の人間性の薄弱さに、子供らの未来を結ぶような作品を創れる自信もなく、何となくその夢も霧散していった。それからもう三十年近く、子を持つこともなかった私は児童文学の世界からは遠く過ごしてきたのだ。
そんな時、私が諦めた場所にいた人が落語家になっている。そして落語で「メルヘン」を創り自ら語っていることを知ったのだ。
その頃、私は抗ホルモン剤治療による睡眠障害に苦しんでいた。志ん朝師匠のCDをお守りに、やがて三遊亭白鳥師匠の音源に辿り着いた。図書館で白鳥師匠のCDを借りて眠れぬ夜に聞いてみた。
白鳥師匠は声も天性のいい声をしている。幾夜かを経て、睡眠障害患者として私は白鳥師匠の声に反応していることに気づいた。この師匠の声は高音と低音が混ざり合っている、モンゴルのホーミーのような声調。落語に笑いながらも寝床のなかで私の脳波がとても安らいでいるように感じたのだ。
また噺の内容も、私が諦め、直視をしないできた私が思う児童文学のあるべきメッセージやエッセンスが盛り込まれている。小さきものへの慈しみ、愛と友情、正義と夢と希望。今悔しい想いをしている者たちへの励まし…。
少女時代、私が次はどれを読もうかと、心躍らせながら立った数々の本棚の前。白鳥落語を聞くと、そんな少女時代に帰れるのだ。
この「落語の仮面」の第一夜も胸高鳴らせて聞いていた。
十一月十日(日)
巣鴨 スタジオフォー「白鳥の巣」第52回
「白鳥の巣」は白鳥師匠のネタおろしの会。ここをホームグラウンドに沢山の噺が生まれてきたが、今日はまた特別な日である。鈴本演芸場の千秋楽の日と重なってしまったのだ。ファンもどぎまぎして待っていたが、師匠は自身のXでこの日は「ネタおろし」をする旨を予告した。
それは「落語の仮面外伝」として語られた。「落語の仮面」の時間からまたさらに進んでいる。真打となった花ちゃんの迷いと逡巡する姿から始まる。しかしやがて物語が進むにつれて、私もおそらく客席の皆も気付いていく。この物語は十月に亡くなられた金原亭馬遊師匠に捧げられたものであった。サゲを言って頭を下げた師匠が、馬遊師匠の思い出と、椎名町の町の人々に愛された馬遊師匠の姿を語られた。何のための落語、誰のための落語。昇り詰める、作り続けることを目して進む「落語の仮面」本編と、この昼に語られた「落語の仮面外伝 椎名町夢酒場 さようなら馬遊ちゃん」見事に重層的な物語となっている。
その夜、上野鈴本演芸場で「落語の仮面祭り」は千秋楽を迎えた。私たちの時代の稀代の落語家の、伝説に残る一日となった。
*歌誌「月光」88号(2024年12月発行)掲載