牡丹 29
君思ふ心
ひとつでたりず
複製できたならと
繁華街を深夜徘徊
西口公園の噴水に煙があがる
欠落した物が蘇る不思議な空間。宿屋を切盛りするのは一人の老婆。失い人は何故かこの宿屋に導かれ深層で喪失した物を再び得ることが出来るという。
黄泉ならずとも、異形の存在たちは愚直な人間の魂を求め、奇しくも宿屋に導かれる。
迷い人は時には食い物にされ、極稀に救われる。もとは自ら望んで捨てた物でさえ、再度、手にしてしまえば新たな望みとなる。
「小夜ちゃん。黙っていてごめんね。わたしと婆様の契約」
「うん」
「話してもいいかな?」
「いいよ。」
露天風呂に浸かり、指を絡ませ月を見る。コユキの言葉をわたしは待っていた。
浅草駅に人の群れが戻りつつある頃、わたしは病院のベットから空を眺めていた。
抜けるような青空。入道雲が南の端に雨を降らしアスファルトが夏の匂いを運んだ午後。このまま胸のときめきも感じることなく散りゆく自分が酷く哀しくてサンダルを履いて外に飛び出した。
人混みに流され歩く道はキラキラしていて、目に映る世界は全てが美しかった。
少し歩いたら、息が切れてしまった。日陰を探して細い路地のビール箱に腰を掛けて空を見上げて深呼吸。
「白いカラスがね、雑居ビルの隙間に切り取られた四角い空を飛んでいたんだよ」
掴みたくて立ち上がった時、心を満たす深い開放感と同時に世界が真っ白になった。
道端に横たわるわたし。
アイスピックを持って走る少年。
血溜まりに駆け寄る二人の少女。
「その少女って、もしかして…」
「マチさんとロチさん。」
宿屋に担ぎ込まれた時、婆様に聞かれたんだ。
「生き延びたら何がしたい?」って。
今思えば、もっとマシな言い方があったと思う。
ずっと憧れていた想いは誰にも言えない格好悪くて恥ずかしかった想いだった。
「セックスがしてみたいです」