ひとりになりたい夜がある【ショートショート】
鏡を見ると、僕が泣いていた。
僕が泣いているんだから、僕も泣いているんだろう。
リアリティに囚われた決めつけとは裏腹に僕は笑っていた。
泣いている僕に怒りすら感じながら、その姿を笑うのだ。
例えば、自分から別れを告げたあの子の新しい恋に嫉妬するだとか。
例えば、あれだけ楽しみだったデートの弾まない会話だとか。
例えば、交際中にこそ憧れた浮ついた関係をただ後悔する日々だとか。
僕が泣いている。不当な理由で泣いている。
到底、理解が為されない悲しみに。
健全な大衆論理による排斥に。
一つの身体に、一つの精神に、矛盾を孕んだその様を、僕は笑っているのだ。
こいつは、俯瞰して観た自身の滑稽さを笑っているのだ、と自称観察者の暇人は曰うが
笑止千万。
笑うしかないから笑っているに他ならない。
自分に、感傷に浸る資格など当になく、あるのはただ、こんな自分でもこの世界に住まわせてくれと、更生した犯罪者が社会復帰を求めるような義務感の笑顔。
二人いる自分を自覚しながら、今の僕はどちらなのかと怖くなる。
鏡を見ると、僕は僕だった。
僕が映っているのだから、僕は二人いるのだろう。