四季-移ろいゆく季節の中の変わらぬ狂愛- 第1.5話(裏)
第1.5話(裏) 季節の変わり目
とあるワイドショウの収録後
〈バラバラ殺人鬼に関する考察〉
「希築教授、まぁた思っても無いことをテレビで云ってましたね」
「僕は狂人だぞ? 狂人は一般人のフリもできないとなんだよ」
「それってどこの人狼ゲームですか」
癲狂院の一室。
そろそろ夏が近づいてきて、今日は一段と暑い。
希築教授が座る診察台のような場所から少し離れたところにある椅子に座る青年は、カルテでパタパタと仰いでいる。
ーー最も、この施設もカルテは電子カルテになっているので、彼が持っているものはカルテのようなものである。
「で、本当の所どうなんです?」
「あぁ、これは私が好きそうな殺人鬼だね。彼は彼女を好きで好きで堪らなかったんだ」
「なんでそんなことが解るんですか? そういえば、解剖には同席したんでしたっけ」
「そうだよ。死体を観察させてもらった」
希築教授は、遺体ではなく死体と云う。
希築教授には死者を思いやる感情など欠片も無い。ともすれば、モノ、ゴミくらいの認識しかないこともある。
そして、その認識はあながち間違ってはいない。
希築教授は人間とそのほかの哺乳類を区別しない。
ペットの哺乳類が死んだとき、どうすることが適切なのだろうか。
それは、可燃ごみに出すことである。
間違っても庭に埋めたりしてはならない。
つまり、そう云うことだ。
そして、こう云うことだ。
この死体をちゃんと死体と呼称するのは、希築教授にとって興味の対象であるから、死体と称するだけなのだ。これはゴミではない、と。
「死体の喉の粘膜に損傷が見られなかった。また、同じように彼女の頭部その他に拘束された痕跡がなかった」
まるで恍惚と云って良いような表情を浮かべる。
希築教授は死体愛好家ではないが、死体から読み取れる感情が大好きなのだ。
それは、殺人鬼の痕跡。
「どう云うことですか?」
「つまり、殺された彼女は指を切られようが腹を裂かれようが抵抗をしなかったんだよ。生きているのに」
「それって薬飲まされてたとかでもなく?」
希築教授は「ふふ」と不敵に笑うのだった。
どう云うことですか、と青年は首を傾げる。
「彼女もまた、彼を愛していたんだ」
「っていうか、犯人は彼なんですね」
「そうだよ。そして彼らは恋人同士だ」
過去形ではなく、現在形でね、と付け加える。
「脳内麻薬、と云う言葉を知ってるかい?」
「そりゃあ、一応ボクも教授の助手ですからね、それくらい知ってますよ。βエンドルフィンとか、ドーパミンとかですね。極度の痛みとか、精神的苦痛とかに対して、人間が自衛のために自分の脳味噌を騙すやつです」
「ハハ、まぁそうだな」
「で、それが?」
「あぁ、一種の精神刺激薬には、感情を昂らせる効果がある。エクスタシーとか呼ばれる麻薬の一種は、惚れ薬みたいな感じで使われていたりする。その薬物の成分と同じものが、脳内で生成されていたんじゃないかな。それこそ、二人とも」
「なるほど」
「と、云うことで、別途依頼していた彼女の検査結果を見せてくれよ」
「え? あ、これですか」
青年がパタパタと仰いでいたそれは、希築教授が依頼していた検査結果だった。
彼は裸足のまま希築教授に近づき、その資料を渡した。
「結果は、どうでした?」
「ビンゴだよ、美咲くん。被害者の彼女の脳から3,4-methylenedioxymethamphetamineが検出された。矢張り私の考えは正しかった…!」
「でも、そんなことってあるんです? ボク、聞いたことないですけど」
「美咲くん、所詮人間なんて化学物質の集まりに過ぎないんだよ?」
希築教授は楽しそうに微笑んだ。