デッサンモデル中に嘔吐した小噺
※注意:若干の嘔吐表現あり。
学生時代、学費を支払うため様々なアルバイトをしていた。
その中に「デッサンモデル」の仕事がある。
着衣モデルかヌードモデルか
うーん……着衣にしよう。
個人で経営するアトリエに電話したら即採用された。
◇
「いい?気分が悪くなったらすぐに言うんだよ、絶対ね」
画家の先生に何度も念を押され、その度に「わかりました」と答える。
休憩をはさみながらの3時間勤務。
計5日間のデッサンでようやく一枚の絵が完成するらしい。
着替えてイスに腰掛ける。
ポーズと目線を指示されテープをそこら中に貼りつける。
手の位置や頭の位置がズレないよう、
目印とするためだ。
◇
タイマーをセットして始まる、20分間の無音。
これが6回繰り返される。
大勢の見知らぬ人間の視線が私全体に集中している。
動けない。
瞬きすらもはばかられる空間。
重い雰囲気がずっしりと肩にのしかかる。
緊張で汗がにじんできた。
白い壁一点のみを見つめていると、頭がぐわんぐわんしてくる。
◇
――――――――――
「みんなねえ、慣れてない人は調子悪くなるんだよ」
トイレでゲエゲエ吐いている私の横で、先生がしみじみと言う。
「とにかく大丈夫だから、しばらくゆっくり休んでね」
去っていく先生を横目で見ながら、再び胃から込みあげてきたものを吐き出した。
この後、何とか調子を取り戻し、一日目は終わった。
それから数ヶ月間、私はアトリエに通った。
結局、もう嘔吐はしなかった。
あの最初の一回だけ。
あれ、何だったんだろう。
最後まで読んで頂きありがとうございました!