3行日記(宮田嵐村、庶民館、氷水)
九月二十四日(日)、晴れ。
前日につづき松本にいる。美ヶ原温泉の宿で目が覚めた。窓をあけるとセキレイの鳴き声と、ぴぃひょろろと笛の音が聞こえる。昨日の祭りで鳴っていた山の竹藪のなかから聞こえてきた。
朝ごはんを食べたあとにあたりを散歩した。昨日の祭りの男根が出発した神社に行ってお詣りし、そこから終着点の神社へと歩いた。細い路地を歩いていると、いつのまにか神社へ抜けた。石段を昇り、昨日の男根を拝んだあと、本殿にも参拝した。
松本民芸館へ。丸山太郎という人が集めた民芸品のコレクションが並ぶ博物館。展示品には、作られた地名と、皿とか甕とか壺くらいしか説明がなく、ただ、物だけが置かれている。日本のものが並んでいるかと思いきや突然、外国の道具も混じっている。わけへだてなく。
昼、まんぼう食堂で、まんぼうラーメン。足が痛そうなおばあちゃんが一人でやっている。私たち以外はみな、なじみ客のようだ。おじいちゃんとおばあちゃん、その息子さんらしき男性と三人でやってきた人が奥のテーブルに座り、満席になった。わしはカツ丼の小盛り。大盛りじゃなくて小盛り。できるならな。しかし、もう米がなくなったらしく、カツ丼はできないと言われ、なんでもいいわい。ここの定食屋は何か映画の撮影で使われたらしい。
その後、近くの古墳をかすめて、開館時間にあわせて、きょうの目的地であるおっとぼけ美術館へ。前情報なく入ったのだが、話を聞いていると、そこにいる人は、妻が昨日お土産に買った飴細工の菓子屋で働いていて、これまたお土産で買った道神面というお面を作っている人だった。昨日の百瀬さんに続き、この日も壮大な話を聞くことになった。
宮田嵐村さんは、数年前に亡くなったが、このおっとぼけ美術館の場所で、創作活動をやっていた人らしい。道祖神をモチーフにしたお面の道神面のほか、いろいろやっていたらしい。先生は生前、こんなことを計画していましてね……。案内してくれた男性が話しはじめる。奥の部屋から大事に抱えてもってきた紙には、水彩で着色された何かのイメージ図だった。二階建ての建物の真ん中から、男根をモチーフにした突起物が垂直に、タワーのようにそびえ立っている。嵐村さんはこの施設のなかに、芸能の舞台をつくりたかったらしい。そのほか、迷路や民藝品の土産物屋、男性と女性の性的な象徴も大切に考えていたらしい。文字がびっしり書かれた企画書もあった。銀行に融資をお願いしに行くときに作ったものらしい。だが、銀行の職員から、この計画は厳しいですね……アパートだったら融資できますが……と言われ、なぜか計画していた土地にアパートを二棟も建ててしまったらしい。その夢の建物は「庶民館」と名づけられていた。
かなり渋いお店で、あんみつと氷水を食べる。かき氷しゃなく氷水だ。どちらも蜜がおいしい。果物も新鮮だ。その後、駅前の果物屋で三百円のぶどうを買って帰った。家についてからもしばらく、ぴぃひょろろと笛の音が聞こえていた。
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