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第一部 第一章 南都ギュネイ

「ここだけの話、そいつに目をつけるなんて、兄さん、若いのに大したもんだ」

 浅黒い肌をした物売りは、お世辞ではなく、心底感心したとでもいうように、黒い目を真ん丸に剥いて見せた。

「この銀細工は、大昔に滅んだ、ある王朝の妃が身に着けていたといわれるもので、いまさっき、店に並べたところなんだよ。いやあ、まったくもって、兄さん、あんたは運がいい」

 通りすがりのアスランの目が、銀細工に止まるや否や、それまで退屈そうに座っていた物売りは、ここぞとばかりにまくしたてた。

「それも、王妃がただ持ってたってだけじゃあない。その王妃の家系に、代々、昔から伝わってる、いわくつきだ。ほら、ここに書いてある文字が読めるかい? 四百八十二とあるだろ? つまり、南の暦で三百年も前のものってわけだ」

 明らかに後から彫り足されたようなその刻印に、アスランは内心、苦笑いしながら、聞き返した。

「これが、亡朝の王妃のものだなんて、本当かい?」
「そりゃ、証拠なんて無いさ、信じてもらうしかないけどね」
 でも、と調子のよい物売りは、口元に人懐こい笑いを浮かべた。
「でも、その話が嘘とは思えないくらい、素晴らしい細工だろう?」
「そうだなあ」

 アスランは銀細工を手に取ると、光に透かすようにして眺めた。
 豊饒の大地を表す、麦の穂を図案化した意匠は美しく、丁寧に磨き続けられてきたのだろう、その鈍い銀の輝きは、それなりの歴史を感じさせる。
 うむ。アスランは考え込むように、一つ吐息を漏らした。
 たしかにいい細工だ。しかし、問題は、この刻印だ。嘘を本当に見せかけるための、姑息な細工のせいで、価値はだいぶ下がってしまうだろう。

「どうだい? 今なら、その細工の二倍の銀で構わないよ」
「どうしようかな」

 布で簡単に日よけをしただけの、埃っぽい道端に、東西南北からの品物を売る露天商が軒を連ねている。その一角で、アスランはしばし悩むふりをした。

 南都ギュネイは、歴史のある交易都市で、他に比べて小規模ではあったが、東や西から来る品物が、やり取りされる場所ではあった。
 しかし、近年、南の大陸から船が出るようになると、港にほど近いギュネイは、他の交易都市から一歩抜きんでた存在となった。そして、今まで、各所で交換されていた品物が、一挙にギュネイに集まるようになったのだ。

 すると、その物流の流れの変化を敏感に感じ取った旅商たちも、我先にとギュネイを訪れるようになるというわけで、この南の都はいま、まさに発展途上の都市だった。

 やはり、ユクセル様はすごい方だ。

 遠く離れた、北の都、クゼイに居ながら、いち早くギュネイの情報を得、仕入れの隊商を派遣したユクセルに、アスランは改めて感心した。
 前回訪れてから、半年という短い期間で、ギュネイの店の種類や、扱う品物の種類は確実に増えてきている。

 半年でこの調子なら、この先どうなってしまうんだろう。

 そんな想像は、根っからの商売人であるアスランの心を浮かれさせた。いまが、仕入れの好機。もう少しすれば、物の値段は吊り上がり、買い時を逃してしまうだろう。

 アスランはちらと他の品物を見やると、わざと目を逸らし、値踏みした。

「そうだなあ、もう少し、安くならないか? そう、この細工の重さなら、銀六つとか?」
「兄さん、馬鹿言ってもらっちゃあ困るよ」

 物売りは、ここぞとばかりに眉根を寄せた。

「こちとら、南の海を命がけで渡ってきてるんだ。まったく、兄さんに想像できるかい? 波は静かだとはいえ、あんなちっぽけな船で、陸を離れる心細さを」
「そんなこと言ったら、こっちだって野宿を獣に襲われながら、やっとこさここまで辿り着いたんだ。……そうそう、旅と言えば、この近くの森がごっそり伐られていたけれど」

 アスランはふと思いついたように言って、物売りを見た。

「ギュネイの商人が、大きな船を作り始めたそうじゃないか。それも小父さんたちが漕ぐちっぽけな船の、何倍も大きなやつをね。そうなったらこんな銀細工も、南から大量に持って来られるようになるんじゃないかなあ」

 しかし、アスランの牽制にもひるむことなく、物売りはぷいと横を向いた。

「ま、そうかもしれねえが、そんなもんは先の話だ。今は今、銀細工はそれきりだ。銀一つだってまけられないね」
「わかったわかった」

 アスランは降参したふりをして、懐から金の入った巾着を取り出した。それから、銀を数える素振りをして――努めてさりげなく、物売りの横に無造作に置かれた、絹の織り物を手に取った。もともと、彼の狙いは偽物の銀細工なんかじゃない。こちらの織物だったのだ。

「じゃあ、銀細工は小父さんの言い値で払うから、ちょっとしたおまけをつけてくれないか? それだったら、商談成立だ」
「ああ、その汚え織物か。…それはさっき、東のモンが、代金代わりにって置いてったんだが…」

 物売りは腕を組んでしばらく考えこんだ。その様子に、アスランは胸の鼓動を悟られぬように言った。

「ま、いいならいいさ。俺はほかを…」
「いや、それでいい」

 物売りは、慌ててうなずくと、アスランを引きとめた。どうやらその銀細工、思った以上に価値が低いらしい。

「まあ、おまけをつけてくれるっていうなら、それをもらおうか」

 アスランは、秤の上に銀細工を乗せると、その重さに釣り合う銀を乗せ、それを二回繰り返す。

「ほら、小父さんの言う通り、重さの二倍の銀だ」
「たしかに。兄さん、いい買い物したよ」

 物売りが、白い歯を見せて笑う。アスランはそれに見向きもせず、
「はは、そうだといいけどね。じゃ、小父さんも元気でな」
 そう言うと、絹織物を手に抱えたまま、逃げるように足早にその場を立ち去った。

 そして、道の角を曲がり、あたりに誰もいないことを確認すると、震える手で、恐る恐る、丸められた絹織物を広げた。

「これは…」
 アスランは、よし、と心の中で喝采を上げた。
「これは、思ってた以上だぞ」

 南の品物が整然と並ぶ中、一つだけ無造作に置かれた絹織物は、アスランの目には燦然と輝いて見えた。
 そして、そんな価値のありそうな絹織物が無造作に置かれているのは、あの物売りが南の人間ゆえ、その価値を計りかねているせいではないかと、アスランは思ったのだ。

「これは掘り出し物だったな」
 確かに、泥と埃にまみれてはいるが、紅玉のような赤色に織り込まれた、幾何学模様は完璧で、この手の絹織物を何千と見てきたアスランが見ても、うっとりするほどの美しさだった。

「きっとユクセル様も気に入ってくれる」
 ユクセルの顔を想像して、アスランは満足げに笑みをこぼした。

 ユクセルはアスランの商いの師であり、と同時に大変な恩人でもあった。
 アスランは、孤児だった。そんな彼が二十歳になるまで生きて来られたのも、教育を授けられ、こうして仕入れの旅商に加えてもらえたのも、すべてはユクセルのおかげだった。

 北の都、クゼイいちの大商人であるユクセルは、若い頃から、王に商いを許可され、国の内外を、自由に旅していた。
 商いの権利がない限り、人は住んでいる土地から出ることはできない。そのため、こうして旅をすることなど、普通の人々にとっては、夢のまた夢でしかないのだ。

 アスランの夢は、そんなユクセルのように、商いの権利を得て、自分で商売をすることだった。そのためには、目利きと、品物についての知識が欠かせない。
 けれど、アスランには、天性とも言える審美眼を持っていて、その才能と、惜しみのない努力が、彼の成長を著しいものにしていた。

「アスラン、もう帰るのか?」
「ルザ」

 そのとき、角の向こうからにゅっと大きな影が出現した。護衛のルザだ。アスランは、ルザを軽く睨むように目を細めた。

「お前、どこ行ってたんだよ。仕事はどうした?」
「ああ? 金をくれンのは、アスランじゃなくて、大旦那様だろ?」

 ルザはどこから買ってきたのか、大きな南の果物に、がぶりと噛みつきながら言った。

「ん? あれ? 今回は若旦那様がいるンだから、若旦那様がくれるのか? んん?」
「そんなことは、どっちでもいいけどさ」

 アスランは見上げるほどの大男に、諭すように言った。

「金の出所はどこにしろ、その金は、お前の仕事に払われてるんだ。そして、その仕事とは、俺の護衛だ。その護衛をきちんとしろって言ってるんだよ」
「うん…でも、町に入っちまえば獣に襲われることもねえし、迷う心配もねえし、安全だろ? だからいいかなと思ったンだ」
「そりゃあ道中より危険はないけどさ」

 まるで話の通じないルザに、アスランは呆れてため息をついた。やおら、荷物を持って歩き出す。

「ま、その危険な道中ってやつも、時間の問題だ。そのうち道沿いに、どっさり宿ができて、賑やかになるだろうしな」
「宿か。そりゃあ楽でいいや」
「でも、楽になったら、その分お前の日給は減るかもしれないぞ」
「ええ? それならオレ、野宿がいい」
「けど、それはお前の決めることじゃないな」

 口を食べ物でいっぱいにしながら、しょげるルザに、アスランはおかしそうに笑った。

「ま、しかし、あの迷いの森を抜ける方法を知ってるのは、いまのところ、お前たちだけなんだ。だから、当分はきっと、大丈夫さ」
「ああ、迷いの森を抜ける方法な…」

 すると、ルザは悲しそうな顔で言った。

「オレ、実は何にも知らないンだよ…いつもスィナンの言う通りに行くから…」
「ルザ…」

 アスランは、力と体力だけが自慢の、この大男に憐れみを覚えて言った。

「一つ、忠告させてくれ。森を抜ける方法を知らないなんて、ユクセル様はともかく、若旦那様には絶対に言うんじゃないぞ」
「若旦那様に? 何でだい?」
「それを知った若旦那様がお前に何て言うか、俺には想像がつくからさ」
「…何て言うンだ?」

 どんぐりのような目をぱちくりさせ、ルザは首をかしげる。アスランは再びため息をつき――ふと、ある露店に目を止めた。

 ほかの露店から離れるように、ぽつりと路地の脇に布を敷いただけの、小さな店。その布の上には、どうにも統一性のない品物がごったがえしている。
 そして、その山と積まれた品物の向こうには、店番らしい小さな女の子が、乾いた地面に直接尻をつけて座り込んでいた。

「こんにちは、ちょっと見てもいいかな?」

 女の子は、声をかけられたことに驚きの表情を見せ、ややあって、おずおずとうなずく。

「ルザ、ここにいろよ」

 アスランは、またふらふらとはぐれそうなルザに釘を刺すと、ごちゃごちゃに並べられた品物を眺めた。

 初めから期待していなかったが、並んでいるのは奇妙な形の札や、人形など、ガラクタやごみにしか見えないものばかりだった。しかし、その中の一つに、不思議とアスランは惹きつけられた。

「…これは、ただの石?」

 アスランは端に積まれた、小石の山を指す。女の子は小さく首を振った。違う、ということらしい。

「ええと、じゃあ何なのかな?」
「これはすべて…月の輝石です…こうして…」

 女の子はか細い声で、途切れ途切れに言いながら、その何の変哲もない小石の横に置かれた、黄金に光る筒を手に取った。
 表面に、月の満ち欠けを表した絵が彫金されている、なかなかに良い品物だ。

「月の光を吸い込んだ、輝石を…この筒で見ると…」
「見ると?」

 アスランは女の子から渡された筒に片目を当てて、月の輝石だという小石を眺めた。しかし、その山となった小石のどれに焦点を当てても、アスランの目には少しの光も映らない。

「それは…まだ…」
「この小石が、月の光を吸い込んでないから、ってわけ?」
「…はい」

 本当かよ。

 声には出さずに、心の中で、アスランはつぶやいた。
 月の光を吸い込む石と、その輝きを見ることができる黄金の筒。そんな魔術のような品が、本当にあるのだろうか。けれど…。

「…これって、幾らなの? この黄金の二倍の金で売ってもらえる?」
「ええ、…でも…」
「でも?」

 アスランはぼそぼそとした口調で、はっきりと話さない少女に、少し苛立ちを覚えて言った。

「でも…お父様が、売っていいというかわからなくて…」
「お父様? そうか、ここの店主がいないってことだね」

 この小石はともかく、金には不変の価値がある。それに、この筒の表面の月の絵の優美さは、都の人が気に入って、金の重さの三倍、いやもっと高い値で売れるかもしれない。

 アスランは素早く胸の中で計算すると、できるだけ優しく見えるように、女の子に向かって微笑んだ。

「でも、幾らで売るかは決まってるんだろう? それなら、お父さんを待たなくてもいいんじゃない? 金はほら、きちんと払うから」
「えっと…」

 女の子は不安げに、秤に金を乗せるアスランを見た。

「お父さんは君に店番を任せてるんだから、大丈夫だよ。…ほら、これでいいね」

 アスランはそう言うと、革袋にざらざらと小石を流し込むように入れ、黄金の筒とともにさっさと腹巻の中に仕舞った。

「でも…あの…」
「ありがとう。お父さんにもお礼を言っておいて」

 アスランは女の子を黙らせるように、強引にそう言うと、相変わらずまぬけな顔をしているルザをせかして、店の前から立ち去った。

「そいつは、何かイイモンだったのか? アスラン?」
「さ、それはどうかわからないけどね」

 しばらくして、ちらりと後ろを振り返ると、アスランとすれ違いに戻ってきた店主が、驚いたように、女の子を叱っている。

 さては、良い目利きだったか。アスランは喜びを胸に、ルザをせかし、早足で逃げるようにギュネイの宿に向かったのだった。

  *

「そうしたら、今回一番、いい品物を仕入れて来たのは、アスランってことですかい」

 ギュネイから、北の都、クゼイへ帰る途中。迷いの森の泉で、休憩を取る皆に、隊商の護衛隊長、スィナムが大声で言った。

「やめてくださいよ」

 まだ眠くなるような時間ではないというのに、眠気でぼんやりとしていたアスランは、目が覚めたように口を挟んだ。

「あの絹織物は、たまたま見つけただけです、運が良かっただけというか…」
「たまたま、ねえ。ま、本当にそれ以外の理由などあり得んでしょうが。ねえ、若旦那様」

 スィナムの発言を聞き咎めたヤウズが、その「若旦那様」――ジャンに媚びるように言う。

「まあ、そうだろうな。しかし、アスランが良くやってくれているのも、また事実だ」

 大商人、ユクセルの子であり、この隊商を任せられた立場でもあるジャンは、鷹揚にそう言った。しかし、それは護衛たちの前で、態度を取り繕っているだけのことで、その証拠に、アスランを見るジャンの目には、燃え上がるような嫉妬が見て取れた。

「アスランは父上のお気に入りだしな。その馬も、父上からのお祝いだろう?」
「確かに、馬は頂きましたが……」

 アスランは顔を伏せて首を振ると、ふらつく足を悟られぬよう、泉のふちに腰をかけた。

 さっき、若旦那様から振舞われたぶどう酒に、酔ってしまったのだろうか。たしかに酒は飲み慣れていないが、しかし、それにしても頭が重く、目を閉じたら、今すぐにでも眠りに落ちてしまいそうだ。

 アスランは必死になって目を覚まそうと努力した。
 まだ道のりは長い。もし眠ってしまって、隊商からはぐれてしまったら? この迷いの森から、一生、出られなくなるかもしれない。

 アスランは眠気を追い払おうと、冷たい泉の水で、何度も顔を洗った。
 その名の通り、迷いの森はどこも特徴のない木々や草ばかりで、知らないものが足を踏み入れれば、一生出ることができないといわれているほど、広大で道のない森だった。

 生い茂る木々に覆われた空は暗く、太陽の方向すら見失わせてしまう。それに、不思議なことに、この森は、いくら人々が木を切り、草を踏みしめて道を作ろうとも、すぐ元通りに木が生え、草が道を覆い隠し、獣道すらできないのだという。

 そんな森を抜けるのには、護衛と道案内役を何度も務めている、森の民、スィナムやヤウズでも神経を使うのだ。

「どうする、アスラン? ユクセル様が、商いの権利をくれるっていいなすったらよ?」

 スィナムがアスランをからかうようにして、笑う。

「すげえな。そしたら、アスランもあんな金ぴかのお屋敷に住むのかい?」

 ルザもまるでそうと決まったかのように、目を丸くして言う。

「やっぱりいいもンが分かるってのは、才能だろうなあ。オレは何が何やらさっぱりわからねえもの」
「だから、今回のは運だって」

 眠気に苛まれながら、アスランは言い返す。

「そんなに怒るなよ。運だって、才能のうちっていうじゃないか――ねえ、若旦那様」
「…まあ、ゆくゆくは父上も、アスランに商いの権利を持たせようとするのだろうな」

 皆がアスランを持ち上げて、不機嫌になると思いきや、意外にもジャンは怒る様子もなく、アスランを見た。何か考え込むように、自慢の長いあごひげを撫でる。

「そんな、若旦那様を差し置いて、俺が商いの権利など…」

 アスランは気合を入れて立ちあがると、荷物を再び馬の背に乗せた。

 二十歳の祝いに、ユクセルから贈られたこの馬は、マクヒア馬といい、重い荷物を持って、長い距離を歩く、商人たちの財産だった。
 山羊のようなあごひげに立派なたてがみ、それに足を覆う長い飾り毛が特徴的なマクヒア馬は、それ自体が、商人であるというしるしでもある。

「ヤウズ」

 そのとき、あごひげを撫でていたジャンが、ヤウズにこそっと耳打ちをした。
 その瞬間、ヤウズの顔が可笑しそうに歪む。

「若旦那様、いいので?」
「いい。それでは、出発しよう」

 ジャンも、さっさと自分の馬に荷を積むと、その背にまたがった。それを見て、ほかの皆も馬を引く。

「アスラン、お前は一番後ろだ」
「はい」

 ヤウズに言われ、アスランはぼうっとしたまま、マクを操り、ヤウズの後ろ、隊列の最後尾についた。

 万が一にも、迷いの森に取り残される者を出さないため、普段ならば、しんがりを務めるのは、護衛の人間だ。それなのに、なぜ自分が最後なのだろう――。

 しかし、そんな疑問が浮かぶこともないほど、アスランの眠気はひどかった。
 この森を抜けるまで、森を抜けてしまえば、はぐれてしまっても大丈夫だ――。

 意識が途切れ、馬から落ちそうになるたびに、アスランは自分の体をつねり、何とか眠りに落ちぬよう、懸命になった。
 しかし、そんなアスランの努力の甲斐なく、だんだんと瞼は閉じていき、歩き続ける馬の背で、アスランはとうとう眠りにおちてしまった。

 起きろ、起きなくちゃいけない。

 夢の中で、アスランは必死に目を覚まそうとした。けれど、その夢までが、この迷いの森のように、同じ風景が続くばかりで、起きなければと強く思うほど、夢の中へ深く深く迷い込んでいってしまうようだった。

『どうだ? 若旦那様のぶどう酒は、よく効くだろう?』

 その夢の中で、ヤウズが意味ありげな笑いを顔に浮かべ、そんなことを言ったような気がしたが、それが夢なのか、それとも現実なのかも、アスランには定かではなかった。

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黒澤伊織@小説
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