#ポエケット
展翅の避雷針/絹肌に ・刺す「モーテル・モールス信号」
古びたモーテルから一歩出ると柑橘の木が現れた。微かに海の気配が紛れ込んでいる。魚影が過った街角のテラスで詩精が踊っている。「ふざけた散文だな」独白の群れが裏路地に溜まっている。「そろそろ街が沈む頃だ」手を振る透明達から渡された空のボトル瓶。水は音もなくやってくるのか、否それは幽かに発光して薫りを先に届けている。「部屋を出たばかりなのにまた密室に戻ることになるのか」砕けていった言葉が靴の先で白く凝固する。「どこに行っても同じだ」鞄に靴とボトルを仕舞い込むと波はわんさかやってきた。足首や踝を散々撫で回した波が引いてゆくと、蜜蝋色の家に着いた。呼び鈴を押さずとも開いたドアへ押し風が私ごと案内する。外では激しい雷雨が窓硝子を叩いている。私は部屋の真ん中のテーブルに用意された温かな珈琲を飲む。招待客の素性を相手は予想していたのか、すべてが驚くほど計算され続けている。いつの間にか背広は壁のハンガーに掛けられ身を委ねていた。一息つく頃には雷雨の音は遠くへ行ってしまい、琥珀色の蒸留酒がグラスの中で横たわっている。私は不穏な雲の色を横目にソファに身を沈め完全に油断していた。「これはまるでゆりかごのようだ」受動的でいると家が軋み始め突如として暴れ始めたベッドがやってきた。私は突然のことに唖然として椅子から放り出され布団に丸め込まれた。石鹸とお日様のにおいが満ちた清潔なシーツたちは一寸の狂いもなく計画を実行したのだ。枕の中で羊飼いに会うと、彼はそっと鉤針を渡して目だけで会話を試みていた。私は戸惑いながらそれを受け取りポケットへと仕舞った。彼は二、三度軽く瞬きすると羊を連れて去っていった。木漏れ日の海に満たされた部屋で目を覚ますと、空のボトルには舟が用意されていた。私はそれに乗り込むと言葉になって本の中へと帰ってゆく。
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