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開かれていて欲しい「科学の世界」が、閉じられつつあるのはマズイ

私は以前研究者であったこともあり、
論文を何本か書いたことがあります。

前職で論文分析という世界も体験し、
さらに論文に対して興味が湧いたのもあり、
数年前から論文界隈の話題を注視してきました。

最近になって、
中国が学術論文に対する姿勢を変えた
という記事に触れました。
(2020年7月27日付け日経新聞記事)

上記の学術論文発表界隈の動向記事は、
以下のような書き出しから始まります。

世界各国が科学技術の研究開発に力を入れるなか、科学論文発表のありようを大きく変える動きが起きている。これまで米英の著名論文誌での発表を重視し研究者に報償金すら支給してきた中国が方針を変えた。米国では政府の助成を受けた研究成果はだれでもすぐに無償で読めるようにする方向で模索が始まった。米中という2つの大国の動きは日本の科学技術研究にも影響を与えそうだ。

科学的知見という世界の共有知のありようが
中国の姿勢によって変わりかねない
こちらの内容について、
少し詳しくお話しします。


米中衝突の余波が、
科学の世界にも押し寄せている
ようにしか思えない状況。。。


どんなことを中国がしようとしているか?

先ほどの日経新聞記事から
関連個所を引用します。

新しい方針は、研究者の評価にあたって国際的な影響力が強い有力誌への投稿だけでなく、専門分野において重要な論文誌や中国国内で出版される論文誌への投稿を含めバランスの取れた評価をするよう求めている。評価は研究助成金の申請や昇進などに関わるため、見直しが徹底されれば、中国の研究者が研究成果を公表する舞台が変わるとみられる。

自国内への
「科学の囲い込み」を
始める模様です…

個人的には凄く嫌いな流れです。

なぜならば、
「科学」とは開かれていることで
多くの議論が沸き起こり、
新しい方向性が生まれたり、
新しい視点が加わったりするもので、
それこそが科学の醍醐味だからです。

しかしながら、
自国内への科学の囲い込みは、
開かれた科学の世界が
閉じられることに繋がり、
健全な科学の発展において
マイナスだと思っています。


日本でも同じことを試みたことがある

自国科学論文誌設立の流れは、
日本国内でも以前にありました。

この流れは以下の記事にあるように、
海外の学術誌への論文投稿時に
日本の知的資産が海外に流出している
という懸念からはじまります。

日本の多くの研究者は論文を海外の学術誌に投稿する。採択されない論文も含めて、査読のために多くのデータを提供する。結果として知的資産である膨大な情報が海外へ一方的に流出している。先端技術や産業と関わりのある機微なデータが含まれる場合もあり、出版社によってはデータの取り扱いや行方に不透明感がつきまとう

そしてこの記事では、
このように書かれています。

「情報の輸出入はもちろん、学術出版社に支払う経済的収支の均衡に取り組む。世界の研究者にとって魅力ある開かれた英語の論文誌を日本でも発行し、学問の主体性を取り戻すべきだ。今のように、編集者も査読者も日本人では海外の研究者は投稿してくれない。海外から集めるべきだ。欧米の出版社は様々な国の研究者に査読や編集を依頼していて、かつて、私が編集長を務めた学術誌もある」

今回の中国と同じことをやろうと、
2年前の記事で野依さんが提言しています。

この提言に対する私の意見は当時、
以下のnoteにまとめていました。

私の論旨は、
海外学術誌への投稿を通じた
知的資産の流出を防ぐために
日本で論文誌を発行したところで、
海外の人から見て同じように
知的資産が流出するかもと思われるかもしれず
それはあまり意味のある策ではない、
というところにあります。

知的資産の流出を防ぐ仕組みを
国際的な枠組みで作ることが大切
だと思っています。

科学論文の世界では、
NatureやScienceと言った欧米の論文誌の
力が強いというが現実としてあります。

この理由は、
科学の歴史が欧州で生まれたことに
起因すると思いますが、
その設立の趣旨は科学の発展だったと
記憶しています。

欧州で生まれた論文誌の意図は、
自国の利益を追求するための論文誌とは、
一線を画すと思っています。

日本も過去において
今回の中国と同様の試みを意図したのは、
危機感の表れとしても短絡的だと私は思います。

知的資産の流出を防ぎたいのであれば、
論文投稿にさらなる民主化と
さらなる透明性が必要になってくると
私は思っています。


中国の動きの何が問題なのか?

論文の質と量が向上している中国が
サイエンスを自国内に閉じようと
していることが問題だと私は思っています。

それを端的に示しているのが
以下の一文です。

中国は科学論文の数で米国の迫る勢いで、質においても向上が著しいとされる。中国政府の方針変更は世界に通用する論文誌(英文誌)を国内で育成し名実ともに科学大国を目指す動きととれる。「中国国内から優れた論文を集めることはできるが、世界から集めることができるだろうか。中国版ネイチャーのような論文誌ができるかどうか、注視したい」と慶応義塾大学の倉田敬子教授はみる。

2020年7月27日付け日経新聞記事より
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61719900Q0A720C2000000/

論文の数と質の向上が
著しいからなのです。

即ち、質のいい研究をしていて、
数も出しているということは、
科学全体への貢献度が高いと言えます。

ここまでは健全な話です。

でも、次の一手として、
その国がサイエンスを
自国内に閉じようとしています。

そこに大きな問題を感じています。


中国の科学論文における立ち位置

中国の論文の質と量の躍進を
裏付ける記事が出ています。
(2020年8月7日付け日経新聞記事)

よく読むと前職の
クラリベイト・アナリティクスの
データを用いて分析されています。
(有名な論文データベースを保有しています)

この記事は以下のように始まります。

この記事は以下のように始まります。

自然科学分野の論文数で中国が米国を抜いて1位になったとする報告書を、文部科学省の研究所が7日公表した。中国は研究開発費でも米国を猛追。研究者数は最多で、米国留学などで育成を進めた。貿易や安全保障の分野で対立が目立つ米中間の攻防は、軍事や企業活動の根幹をなす科学技術の分野も含めて激しくなっている。

中国は、アメリカを押さえて
世界の約2割の論文を生産しています。

米中2強時代は鮮明だ。論文の世界シェアをみると中国は19.9%、米国は18.3%。3位は4.4%にすぎない。

そして、論文の質を示す一つの指標である
「論文の被引用数」を比較すると、
中国はアメリカに肉薄しています。

中国は論文の質でも米国に迫る。優れた論文は引用数の多さで評価される。被引用数が上位10%の注目論文のシェアをみると、17年の1位は米国の24.7%、中国は2位で22.0%。さらに注目度が高い上位1%の論文では米国は29.3%、中国は21.9%となった。

馴染みのない方に説明すると、
この論文数と被引用数は
以下のように考えると理解しやすいです。

論文の数=研究活動の活発度
被引用数*=研究活動の注目度
*:論文を書く際に、過去事例や参照データなどを既に発行されている論文を引用することで、自身の論文の理論的な肉付けをします。多くの論文から引用される(被引用)論文は多くの研究者の参考となる論文であることを示すため論文の質を示す簡便な指標として良く用いられています。

また、研究活動は研究者が担うため
研究者数の多寡は研究力と相関があります。
その意味において、中国の研究者数は
アメリカを上回っています。

中国の研究者数は約187万人で、米国(約143万人)を上回り世界1位。米国際教育研究所のまとめでは、米国で学ぶ中国人留学生は5年前に30万人を突破。その後も増え、18年度(18年8月~19年7月)には約37万人に達した。

オマケでいうと、
日本は衰退の一途を辿っています。

日本は退潮傾向だ。論文数は20年前には世界2位だったが17年は4位。注目論文は20年前の4位から17年には9位に沈む。政府は研究開発投資の目標額を示してきたが、96~00年度の期間以外は達成していない。研究者数は横ばいにとどまる。

日本の研究力低下に関しては
1年以上前のnoteにまとめていますので、
ご興味があればご覧ください。


科学論文における中国の狙い

中国中心の新しい科学の世界の
構築を狙う動きについての
解説記事が出ています。
(2020年8月8日付け日経新聞記事)

中国の科学技術政策に大きな転換の兆しがみえる。英ネイチャー誌など欧米の著名学術誌に論文を出す研究者に報奨金を与え厚遇してきたのをやめ、国内誌への投稿を促す。中国に世界の知を集め、科学研究の中心を欧米から中国に動かす第一歩とも受け取れる。

この脱欧米の背景には、
勿論昨今の米中の衝突があると推測されます。
政治的、経済的な米中対立の一つの帰結として、
国力の根幹となる科学技術の
中国化を進めるようです。

これまで若者を欧米で学ばせ欧米科学誌での評価を研究者の業績としてきた。これからは中国発の有力誌を育て世界の知を集める。欧米中心の科学のくびきからの脱出。米国のデカップリング(切り離し)政策の「風圧」をはね返し、中国中心の新しい科学の世界の構築を狙うかのようだ。


最後に

今回のnoteでは
3つの記事を軸にしていますが、
どの記事を読んでも
急速に世界が分断されつつあるのを
感じずにはいられませんでした。

科学の世界だけを切り取っても
分断を強く感じてしまうので、
現実問題としてはより深刻な状況であることは
否定できないと思っています。

科学研究の成果は、
医療、工学、化学など
幅広い分野で実用化され、
産業化されて多くの一般の方々の
生活の利便性が向上します。

一方で、軍事に利用されると、
多くの方々の平和と安全が
脅かされる可能性も孕んでいます。

ただ、科学自体には、
ポジティブ・ネガティブのラベルはなく、
それをどう応用するかという
倫理面での考え方が
非常に重要になると考えています。

そして科学自体の広がりを
抑制する動きは人類全体にとっても
良い事とは言えません。

科学にナショナリズムを持ち込むと、
軍事利用に傾く可能性が高まり、
世界がより不安定になることに
繋がってしまう懸念があります。

科学において力を付けつつある中国が、
その成果を自国の論文誌に
ほぼ強制的に集中させようとしています。

これは中国だけの問題ではなく、
人類全体の問題であるよう感じています。

科学の世界においても、
民主的で透明性があることが
自然の姿だと私は信じています。


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黒坂宗久(黒坂図書館 館長)
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