
また、走ってみないか?第二章④
高校生活が始まり2ヶ月後、体力測定を兼ねた10キロレースが開催された。200メートルトラックの校庭を一周した後、正門を出て、学校を囲む塀に沿って川沿い方向へ進み、土手に出てから防波堤までが5キロ。そこで折り返し、最後にもう1回トラックを1周してゴールというコースだった。東北は梅雨の期間も短く、降水量も少ないので、この日もよくある6月の曇り空だった。
私も桜も当然、張り切った。陸上部なんだから、学年トップは無理でも、10以内には入らないと恥ずかしい。そんな気持ちがあった。
でも、知らなかったのだ。1000メートルと10キロという距離の違いを。
数字では、10倍と分かる。でも、実際にその距離を走るとなると、その違いは走ったことがある人にしか分からない。中距離走の練習で、少し長めジョグとして5キロや、1000メートルを何本か走ることはあった。だけど、私も桜も、レースで10キロを走ることは未経験だった。
スタートして、最初のトラックで、前を軽やかに走る桜を見つけた。10人程度のトップ集団。やっぱり、桜はすごいな。きっと、あのまま軽やかに走り続け、1位でゴールするに違いない。そう思って疑わなかった。
自分も桜の親友として、同じ陸上部のチームメイトとして、そして、「いつも一生懸命走る椿の走り、好きだよ。」と言ってくれたことに対して、頑張らないと、と思って地面を踏んだ。
4キロを過ぎた頃から、急に苦しく感じ始めた。え、嘘でしょう?って思った。いつもよりゆっくりスタートしたのに、なんで?という感じ。
そんな時、折り返してきた先頭集団とすれ違った。桜がいた。
でも、見たことない苦しそうな顔。集団の最後尾で、必死で落とされないようについていっている状態だった。
あっいう間にすれ違い、声をかける間もなかった。桜はチラリとも私を見なかったから、きっと、気づいていないぐらい集中しているのだろう。
私も頑張らないと。
折り返し地点では水の補給があり、そこで一旦立ち止まり、屈伸した。
海風を胸いっぱい吸い込み、再び、駆け出した。
幼稚園からビリ、ビリ2が定位置だった私は、最後尾だろうが、追い越さられようが、焦らない。慣れっこだから。自分は自分の走りをするだけ。
気持ちを切り替えたのが良かったのか、調子が戻ってきた。ヘロヘロになっていた脚にも力が再び入るようになった。リズムも取り戻した。気づくと、折り返し地点で抜かれた10人ぐらいを抜き返していた。
そして、なんとあの先頭集団まで視界に見えてきたではないか。
どうやら、先頭集団のペースが最後の2キロでガクンと落ちた模様。だったら、最後尾にいた桜に有利?
って、こんな場面でも、桜のことを考えてしまう私って、どんだけ桜ファン?いやいや、今は、自分の走りに集中、集中。進め、進め、私。
そんな私が進んだ先に前っていたのは、桜がトボトボと歩いている後ろ姿だった。嘘でしょう?あの桜が、レース中に歩いてる?!
「さくらっ!」後ろから叫んだ。ペースを落としながら、近づくと、桜が、ハッとしたような顔で振り返り、そして、叫び返した。
「椿、ペース落とすな。走れっ!」
私はその声が合図となり、再びペースを上げた。
「椿、走れ、走って、前に追いつけっ!」
桜の声を背中で聞いた。
結果、私は校門を入る手前で2人抜き、3位になった。
桜は、あの後も抜かれに抜かれ、最後のトラックは、脚をガクガクさせながら、なんとかゴールした。
「椿、3位おめでとう。良かったね。」
二人共、操り人形みたいな状態で歩くの学校の帰り道、桜に言われた。
初めて、桜を抜いたレース、桜に勝ったレース、嬉しいはずなのに、なぜか手放しに喜べなかったのは何故だったのだろう?ちょっと寂しい気持ちになったのは何故だろう?
「ありがとう。」
そう応えるのが精一杯だった。
(続く)