「小説」Run for BEER

「あーっ!ビール、飲みてぇ!!!」

頭の中は、さっきからビールの画像で一杯だ。キンキンに冷えたグラスに注がれる黄金の液体。その上にふんわり乗っかる至福の泡。想像しだけで、うっとりとなる。だが、今は、うっとりしている場合じゃない。兎に角、後、10キロ、走り切らなくては。

走り切らなくては、と言いつつ、その実、ほぼ歩いている速度の俺。そりゃそうだ、もう70キロも山の中を、登ったり、降りたり、転んだり、起き上がったりしてんだもん。もっと、頑張れって?許してくれよ、俺は表彰台上がれるエリートランナーじゃないんだよ。ただのウルトラトレイルが大好きな一般ランナーさ。こんな亀よりちょっとマシな速度でも、超頑張っているんだよ。最後まで走り切る、ゴールにたどり着く、そして、美味しいビールを飲む、これが俺のランニングスタイルさ。

あー、はやく、ビール飲みてぇぇぇ!!

げ、あの人、どうしちゃったの?

岩ゴロゴロ地帯で、しゃがんでいる男性ランナーがいる。ゆっくりと、通り過ぎようとした時、チラッと横目で見る。

うわっ!額から血出てんじゃん!!

立ち止まる。後、3キロほどでゴールだけど。おお、ビールが遠のくと嘆きつつ。

「大丈夫ですか?って、大丈夫じゃないですよね?」

男性は、ゆっくりと頭を上げた。血が左目あたりまで流れている。ちょっとしたホラー映画だ。

額の血を止血するようにと、自分のかぶっていたランニングバフを渡した。ちょっと汗くさいけど、と付け加えて。

「ありがとう。でも、もう大丈夫です。浮石に足取られちゃって、とっさに手で支えたんだけど、それも浮石で。。。頭から落ちたってわけです。どうやら軽く脳震盪起こしていたみたいで、ちょっとぼーっとなっていたんですが、ふー(ため息)、もう大丈夫です。どうぞ、先に行って下さい。僕はゆっくり行きますから。」

”もう大丈夫”って2回言ってるし、この人、ため息ついてるじゃん。

ゴールまで、後3キロか・・・。

「一緒に行きましょう!!」

俺は、その人の腕を取り、立ち上がるのを手伝った。少し、驚いた様子だったが、彼もつられるように立ち上がった。止血が効いたのか、血も止まり、乾き始めている。

ゴールまでの最後の2キロをゆっくり歩きながら、俺たちは自己紹介をし、今までどんなレースに出たことがあるか、なんて話をした。気がつけば、彼のぼんやりとしていた目にしっかりとした光が戻っていた。

「後1キロぐらいですかね。」彼が言った。

「そうっすね。」

「もう、僕、大丈夫ですから、最後ぐらい走ってゴールしませんか?」

確かに、それはナイスアイディア。折角、トレイルレースに参加してんだから、やっぱり、頑張って終わった方がビールは美味いわな。

じゃぁ、行きますか、とお互い、目で合図した。

と、その途端、彼は野生動物並みに加速した。

え、マジ?と戸惑っているうちに、彼の背中はどんどん先へ行く。嘘だろー!!俺、奴を助けて、奴にレース、負けんのーー!!やっぱり、人生は理不尽な事ばかりだぜーー!

と、心の中で文句を言いながらも、なんだか面白い気もして、笑いが込み上がる。奴、マジ、走るのが好きなんだな。俺も負けられねー!と、精一杯の加速をした。

その背中は、追いつきそうで、追いつかない。奴、わざとやってんのかと思うぐらいの緩急具合。くっそー!と最後の馬鹿力をひねり出す。死ぬー!と心の中で、叫びながら。

後、そこの角を曲がればゴールってところで追いつくと、彼が言った。

「君が先にゴールしてくれ。」

嘘だろ、なんだよ、このスポーツマンシップ。

「やだよ、そんなんかっこ悪い。レースなんだから、情けは無用です。」と走りながら答えた。

すると、彼は立ち止まり、「君が最初に情けをかけたんだろう?」と大笑いした。

確かにそうだ。俺も馬鹿馬鹿しくなり、立ち止まり、「じゃ、行きますか。」と、ポテポテ歩いて、一緒に手をあげてゴールした。

奴は、ゴール後、「さっきは有難う。本当に助かった。」と右手を差し出してきた。俺は、その手を握りながら、ちょっと照れ臭い気持ちを隠すように言った。

「じゃぁ、ビール一杯奢ってよ。」と。

あれからたった1年しか経っていないのに、そんな日々が遠い昔に感じる。新型コロナウィルスパンデミックで、開催予定だったランニングレースは軒並みキャンセルとなった。

走るのは一人でも出来る。走った後のビールは、やっぱり、旨い。

だけどさ、やっぱり、思っちゃうんだよな。”なんか、面白くねぇなぁ。”って。やっぱり、相手がいてこそなんだよなぁ。レースも誰かがいるから面白い。意外な友達が出来たり、意外な自分に出会えたりが、面白い。そして、ビールだって、、、、やっぱり、一人で飲むより絶対、旨い。あのグラスを鳴らす感覚、音、零れそうになる泡。相手がいてこそなんだなんだよな。

「あー、また、乾杯してー!」

俺は今夜も走った後に、咆哮した。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?