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小説「走る、繋ぐ、生きる」第3話

【歩子@Manhattan, NYC】

結局、ブラウン夫妻からの返信がないまま、この日を迎えてしまった。

歩子は、早朝4時に起き、前夜にリストしていた通り、準備を始めた。
脇など、擦れそうな場所にワセリンを塗り、ランニングウエアを身につける。

今のニューヨークの気温は5度だが、体感温度はほぼ零度。日中気温が上がっても、10度前後の予報。天候は曇りのち晴れ。いわゆる、今日は、絶好のマラソン日和だ。

初マラソンの目標タイムは、4時間30分。1キロ6分20秒(マイル10分15秒程度)のペース。10月の初めの土曜日、3回目の30キロ走を完走し、決めたペースだ。
この1年弱、初マラソン完走を目指す人用の練習本を何冊か読み、自分の性格に合った方法を選んで、走り続けた。

子供時代、運動と無縁の生活をしてきた歩子は、慎重に距離とスピードを伸ばしていった。その臆病過ぎるほどの取り組みが功を奏したのか、膝痛、捻挫などの怪我もなくこの日を迎えることが出来た。

歩子は、カーボローディング用に日本から持ってきた、餅4つを備え付けの電子レンジで柔らかくし、きな粉と砂糖をまぶし、コーヒーと一緒に流し込んだ。

朝食を食べながら、エキスポで受け取った後、何度も読み返したレーススケジュールのパンフレットをもう一度開く。

マンハッタン島の最南端のバッテリーパークから出るフェリーに乗りスタテン島まで25分。そこから更にシャトルバスに乗って、スタート会場まで30分程度。
歩子が滞在するバッテリーパークシティのホテルから、スタート地点の会場まで2時間みていたら余裕だろう。

NYCマラソンは毎年5万人ほどが参加する世界最大規模のマラソンレースだ。
当選確率は、東京マラソン以上と言われるこの人気マラソンレースの抽選に、歩子はダメもとで申し込んだ。外れても、海外旅行者枠というちょっと割高な旅行社が主催するツアーで参加しようと思っていた。不参加という選択は歩子になかった。

しかし、3月に、”Congratulation!(当選おめでとうございます。)“というメールが届いた時、歩子は、自分のやろうとしていることは、間違ってない。神様も応援してくれているように感じた。

だから、東京の灼熱地獄の夏の練習も頑張れた。

週末の走りこみは、暑くなる前の早朝5時から始めた。平日より週末に早起きする自分は、昔、揶揄していた週末早起きしてゴルフに行く父親と一緒だな、と苦笑した。

9月に入り、人生初の30キロ走に挑戦した。自分でもイライラする程のゆっくりペースで走り始めたにも関わらず、ハーフマラソン距離あたりから、息が苦しくなり、25キロを超えた時点で、脚全体が重たく、一歩一歩が拷問に感じられた。

なんとか走り切ったものの、脚は生まれたての子鹿状態。ペースは、当然、後半10キロはガタ落ち。情けなさより、こんなんで、マラソン完走できるのかな、という不安に襲われた。

しかし、歩子の脚は、着実に長距離を走る筋肉をつけ、2回目、3回目の30キロ走は、ほぼ想定通りに完走出来た。

10月初旬に、最後の30キロ走を終え、これならNYCマラソンを完走できるはずだと自信が持てた時、歩子は、ずっと考えていたことを実行した。

アメリカ東部に住んでいた頃の担当医を探し、連絡し、事情を理解してもらい、協会を通じてなら、連絡可能と聞いて、ブラウン夫妻にメールをした。

自分の方は、直接、連絡してもらって構わないと書き、メールアドレスと携帯電話番号も記した。

しかし、返信は来なかった。


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