ランナーの話「疾風女史」後編
それは、2013年のNYCマラソン。疾風女史にとっては、2010年のサブスリーを取って以来のマラソンだったかと思う。
ニューヨークのエリートランナーが集まるランニングチーム所属の彼女は、ローカルエリート枠として、先頭のコラールスタートだ。一方、私は一般枠だが、それでも、結構、先頭のコラールスタートであった。スタート時間は、同じ午前9時40分。ただ、疾風女史は下の橋からスタート、私は上の橋からのスタートで、全く、お互い、出走していることさえ知らなかった。
その頃の私は、マラソンレースに出る度に自己ベストを更新していて、自分のピークに向かって突き進んでいた。波に乗っている状態とも言えた。
22マイルー23マイル(約37キロ)地点、所謂、レースの終盤戦、ここはセントラルパーク脇の五番街の緩やかな登り坂になるのだが、これが、通常ならなんてことない程度の傾斜だが、35キロ以上走った脚には相当キツい。多くのランナーが、心挫け、歩き始める場所でもある。
だが、絶好調の自分はそんなランナーを横目に、せっせと進んでいた。どちらかと言えば、そんなランナーを獲物と捉え、エネルギーにしていたぐらいである。だが、そんな自分の視界に見覚えのある後ろ姿が見え始めた。
え、まさか?
最初は見間違いかと思った。だが、その姿がどんどんと大きくなり、身につけている所属チームのシングレットで確信した。疾風女史だ。足取りが重たく、軽く、ふらついている様にも見える。
なんでこんな所にいるの?
アホみたいな疑問が頭に浮かんだ。なぜ、私と同じ土俵にいるのかが信じられなかった。そして、同時に、え、私、抜くの?と、なんだかやってはいけないことをする様な気持ちにもなった。
追い越す際、声をかけずに立ち去るべきか、それとも、やはり挨拶するべきか迷った。迷いっているうちに、遂に肩を並べることになった。疾風女史は気づいていない。疾風女史の横顔を見る。苦しげな顔。
「疾風女史!」
思わず、声をかけた。その後、「後、もう少し」「お互い、頑張りましょう。」とか言うつもりだったのか、今となれば、分からない。なぜなら、疾風女史は、私の声にまるで目が覚めたかのように驚き、すぐに私の存在を認識、その直後、挨拶代わりに左手をさっと上げ、一気に加速した。
え・・・。
気を飲まれた私は、彼女の加速についていけず、登り坂を、踏ん張る様に進む、彼女の後ろ姿がどんどんと小さくなっていくのを見るしかなかった。
女王のプライドを見せつけられた気がした。
結果、疾風女史は、3時間12分29秒でゴール。年代別2位。
私は、3時間12分54秒。年代別10位。
(疾風女史VS黒リスのリザルト)
ガチ勝負では25秒差だけど、Time Age Gradeでは、10分以上の差で負けている。つまり、完敗ということだ。
だけど、こんなに負けても嬉しいのは何故だろう?
でも、、、と、レース後、黒リスは誓った。
次は、絶対、声をかけるまい、と。
(おしまい)