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私のランニング人生の話
ランニングを始めて16年になる。
きっかけは、毎年、会社の20人程度のメンバーが、NYCマラソンを走っていて、その応援をしており、メンバー達から唆されたから。正直、応援しながら、自分が応援される側になることは絶対ないと確信していた。だって、そもそも、なんで走らないといけないんだ。お金まで払って、苦しむって意味分かんねーって心から思っていた。
それなのに、人生で一度だけと思って走ったNYCマラソンを、もう14回も走っている。
なぜだ?走るのが実は好きだった?いや、走り始めて3年ぐらいは渋々、仕方なく走っていた。練習しないと、フルマラソンは走れない(脚を壊す)と聞いていたからだし、また、周りに走る人(ランナー)が多くいたので、走った後の飲み会とか、同じレースに出るというイベントが楽しかったので、それで続けられたんだと思う。それが、3年を過ぎた頃から、走ることが、自分の生活になくてはならないものに変化していった。
きっかけは、間違いなく、東北大震災。
宮城県石巻市の実家が思いっきり地震と津波で被災したのだ。地獄の一丁目と化した地元で被災者としての生活を送る家族と過ごした2週間後にNYに戻った自分の精神はかなり病んでいた。自分だけが、のうのうと普通の生活を送れることに罪悪感を感じたり、家族と自分とのこれからがどうなるのかの不安で溺れそうだった。そんな時に、走ると言う行為が実に良かった。頭と心がモヤモヤでいっぱいな時、無理矢理にでも、ランニングシューズを履き、走り出す。
モヤモヤしながら、走り続ける。途中、涙が溢れてきたりする。だが、そのうち、身体の方が苦しくなってくるので、モヤモヤどころじゃなくなってくる。ゼイゼイ、ハアハアしながら、前に進み続け、予定の距離を終えた時、あれ、不思議、モヤモヤはずっと後ろに置き去りになっているのだ。
もちろん、また1日経てば、モヤモヤは湧いてくる。だって、根本的問題が解決されたわけじゃないからね。でもね、一瞬でも、心から消えるんだ。その消えた時の心と身体の開放感と爽快感。これが感じられると、まだ、大丈夫と思えたりするのだ。
走っていて、良かった。心からそう感じていた。当時、自分の心を平常に保てたのは、ランニングのお陰である。
そして、その時期をきっかけに、走ることに夢中になっていった。
ランニングに逃げたと言ってもいいかもしれない。でも、逃げないと自分がどうなるのか自信がなかった。走っていなければ、アルコールに逃げていたかもと想像すると、やっぱり、走っていて良かったのだ。
ランニングに夢中になって4年、タイムはどんどん伸びていった。当時の国際女子マラソンレース出場資格(3時間15分)を切り、2014年11月のNYCマラソンを3時間10分34秒で走り、翌年のボストンマラソンでは、10分切りが出来そうだな、と思った矢先、乳がん告知を受けた。2014年12月31日の出来事を私は一生忘れない。
自分の大切なもの、自分の自分でいられる軸のようなもの、自分という存在に自信を与えてくれるもの、そんなものを奪われる気持ちを理解できるだろうか?
ショック、悲しさ、悔しさ、そして、諦め。もちろん、走れる人たちへの嫉妬や置いていかれるような焦燥感なども湧いた。
でも、あらゆる負の感情を抱かえながら、走り続けた。
理由は、自分の負の感情に負けたくなかったから。
いや、これは後付けでカッコよく分析しただけだろう。多分、当時は、ちゃんとした理由はなく、ある意味、惰性、止める理由が見つからなかったからかもしれない。
ただ、走り続けたら、そのうち、分かる日が来るだろうと思っていた。
2009年の初マラソン(NYCマラソン)から2014年までの5年間が私のBefore 乳がん。2015年からはAfter乳がん。気がつけば、After乳がん期間が、Beforeのほぼ倍だ。
今は、走り続けている自分に自信が持てる。世間、他人の評価基準より自分が自分の身体と心を何よりも大切にして、走り続けている自分を評価している。
だが、自分さえ、満足できたらいいのか?自分が自分を認めることができたら、それで満足なのか?
という、問いの答えを今年突きつけられた。
今年のNYCマラソンは、イマイチ、楽しめなかった。
自分は健康(がんとはいえ)で、怪我もしておらず、練習もそれなりにうまく出来て、当日の天候も最高で、なんの文句もないコンディション。
なのに、なんだか心が弾まなかったんだ。
「黒リス(私のこと)、エキスポ一緒に回ろう。そして、写真撮りまくって、FBに誰よりも早くアップしよう!」
「スタートビレッジのワンちゃんの癒しスポット、今年も行こうね!そして、いっぱい写真撮ろうね!」
今年は、自他とも認めるメディアの女王のラン友の誘いがなかった。彼女が7月に天に旅立ってしまったから。
SNSで高評価を得ることに躍起になっていた目立ちたがりのラン友のはしゃぎっぷりに、冷めた性格の自分は、実は、軽くウザさも感じていた。(笑)誘われる度に、自分は彼女に付き合ってやっているみたいな気になっていた。
だけど、逆だった。彼女が私を引っ張って、私の人生に華やかな時間を与えてくれていたんだ。
また、もう一人のラン友は、いつもタイム、速さにこだわりも持っていた。
レースは、最初から全力疾走。ポジティブ走法(前半速く、後半落ちるレース運び)の教祖のような人。
楽しんで走ることに意味を見出さず、常に苦しんで走っていて、でも、彼の走りを見るのも、話を聞くのも、面白かった。価値観の違うラン友の走りっぷりを私が大好きだったのだ。
そんな彼も、1年前に息を引き取ってしまった。
毎年、彼の応援と写真・ビデオ撮影する為に、沿道にいる彼の愛妻の姿も、コース上にはない。きっとこれからもないだろう。
走る予定だった相方も故障、友人二人もコロナ感染したり、急病で倒れたりで欠場。
なんだか楽しめないなぁ。なんか面白くないんだよな。
そんな気持ちが走っている間に湧いてきた。
それがどんなに贅沢な悩みだとも分かっている。
でも、心は嘘がつけないものなんだね。
私にとって、走りとは、自分と向き合うだけのものじゃなく、そこに付随する仲間との交流、時間も含まれているんだと思い知った。
思い知ったこの感情を抱えて、これからも、私は、やっぱり走り続けるだろう。
なぜ、走るのか?
その答えは常に変化する。自分の人生と共に。