映画に描かれた日本
「ダイハード」は1988年制作の映画で、日本商社の「ナカトミ」ビルが舞台となっており、その地下金庫に蓄えられた膨大なアメリカ国債を狙ったテロリストにビルごと占拠されます。このころ日本はエコノミックアニマルという蔑称がつけられており、日本の不動産会社がニューヨークのシンボル的な不動産を購入するなど反感を買っていた時代です。
タフツ大学の日本研究者であるスーザン・ネイピア教授によれば、第二次世界大戦で自分たちに二度と刃向かってこないように徹底的に日本の工業施設を破壊したにもかかわらず、再び工業力、経済力で自分たちの前に立ちふさがった化物、という表現をしています。つまり、ダイ・ハードのナカトミ商事はたたきのめした筈の日本が経済の化物として復活したさまを表現しているのです。この当時の日米関係は経済摩擦という名の経済戦争真っ盛りで、日本車をハンマーで打ち壊すニュースなどが流れていました。
映画の中ではナカトミビルを占拠したテロリストが暴れまわり、たまたま居合わせていた主人公のブルース・ウィリス演じるジョン・マクレーンが、ビルもろともテロリストを吹き飛ばします。表向きは同盟国の日本を直接叩きのめすことができないので、代わりにテロリストに暴れてもらいそれをビルごと吹き飛ばすのですが、これは日本車をハンマーで叩き壊すのを別の形で表現しているとみることができます。日本に対して鬱憤を抱えているアメリカの観客も、ぼろぼろになっていくナカトミビル(とテロリスト)=日本を見て拍手喝采という趣向なのです。
この時代の映画に出てくる日本はいずれも同じような「得体のしれない化物」として描かれており、同時期に制作された「バック・トゥ・ザ・フューチャー_PART2」では、マイケル・J・フォックス演じるマーティの上司が日本人で、凄まじい剣幕でマーティを怒鳴りつけて首にします。また、一部に熱狂的なファンを持つテリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」では主人公の夢のなかで巨大な鎧武者が主人公に襲いかかります。これもまた当時の日本を「得体のしれない化物」として描いた実例なのです。
日本がバブル崩壊後、海外からの関心を失われていた時期はハリウッド映画からも日本が姿を消しました。それが2000年代に入ると再びハリウッド映画にそれまでとは全く違った形で姿を表します。最も代表的なのが映画「トランスフォーマー」で、冒頭の主人公が変形した巨大ロボットを仰ぎ見てこうつぶやきます「あれは絶対に日本製だ」。つまり、先進工業国として日本製品=最先端、高品質の代名詞となっていること、および巨大ロボットに対してあこがれのような意味合いでつぶやいたのです。他にも日本の怪獣特撮映画の影響を受けて制作された「クローバーフィールド 破壊者」では、主人公が日本に栄転する送別パーティーのシーンから始まっています。これまで日本に「栄転する」というような描かれ方を私は見たことがなかったため、かなり驚いたものです。日本、すなわち怪獣特撮映画の生まれ故郷に栄転する、という製作者の怪獣特撮映画へのオマージュでもあるのです。
このように、1980年代に「得体の知れない化物」だった日本ですが、30年後に憧れやポップカルチャーの本場として180度ひっくり返った描き方をされています。その背景としてはハリウッドの映画関係者が日本のアニメや特撮映画などを見て育ち、成長して映画製作に携わるようになったことがあげられるでしょう。