いつか、描きたい線がある。
いつか描きたい線がある。
昨日、バッテリーの表紙を模写していた。
あさのあつこ/著「バッテリー」だ。
思えば、この作品がわたしの人生に初めての佐藤真紀子との出会いをもたらしてくれた。
彼女の挿画を手にしたいがために、全巻ハードカバーで揃えたほどだ。
無論、小説自体もとても好きだったのだが。
幼い頃から幾度となく胸をときめかせてきた曲線をしばし夢中で辿った。
すると、いかにその線が優れているのか痛いほどわかった。
描かれているのは、中学一年の主人公、巧がジャージ姿で横を向いている姿。おそらく彼はこれから早朝のランニングへと出掛けていくのだろう。
その息遣いまでが聞こえてきそうな絵だ。
ラフなタッチで描かれているのに繊細で。
直線的で少女とは全く違う首と顎のライン。
だが、まだ華奢さが残っていてどこかあどけない。
緩く引き結ばれ、どこか見下ろすように尊大な表情には憂いが紛れている。
表情に少年の人格がありありと顕れていた。
冬の清浄な空気を感じる、美しい一枚だった。
とてつもなく凝縮された気配が全ての線に込められていた。
彼女の曲線を空気感を完璧にトレースするには、気の遠くなるような書き直しが必要なはずだ。
仕事中だった私は描く手を止めた。
これではキリがない。私には時間がないのだ。
ーーーいや。これも言い訳か。
この領域をいつか私も知ることができるだろうか。絵を愛して、才はない私でも。
『無理だろう』
「下手の横好き」という言葉すら、私には勿体無い。
私は結局、執着出来なかった。
絵を描くことに。
楽しむことの向こう側に、私はゆけない。
それでも、焦がれてしまう線がある。
そんな夕べだった。
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