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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)110
第7章 秒刻みの犯罪(14)
3(承前)
日向の攻撃は続く。
「バードウォッチングをしていた男性がね、何者かが湖に飛び込む決定的瞬間を、たまたまデジタルカメラにおさめているんだよ。撮影時刻は午後四時三十三分。デジカメに内蔵された時計は一秒の狂いもなかったそうだから、この時刻に間違いはない」
日向はマップの一点(※印)を指し示し、「ここから撮影したそうだよ」と説明した。鉄門のすぐそばだ。そういえば事件の日、鉄門脇で三脚の向きを調整している男を見かけた。その人が撮影したのだろう。
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「水口刑事に、こっそり写真も見せてもらった。飛び込む瞬間を、真正面から捉えた一枚だ。小さくて、人だということしかわからなかったけど、それで充分だ。今頃は鑑識で引き伸ばされて、あれこれ調べられているに違いない」
「違う。亮太のはずがありません。そんなことは絶対に不可能です!」
ついに我慢できなくなり、私は喉が張り裂けんばかりの大声を張りあげた。
「不可能って、一体なにが?」
「だって亮太は、つい最近までまともに泳ぐことができなかったんですよ。今だって、いつこむらがえりを起こすかわからない状態なのに……」
「果たして、本当にそうだったんだろうか?」
日向は、私に冷たい視線を向けた。
「栗山君は満足に泳げなかったと、一体誰が証明できる? ただ本人がそういっていただけなんだよ。ひょっとしたら……」
「亮太は櫻澤殺害を企み、その容疑が自分にかからないようにするため、一年半もの間、ずっと泳げないふりをしていたとでもいうんですか? そんなこと、絶対に考えられません。大体、午後四時半過ぎに櫻澤を殺し、三十三分に湖に飛び込んだのだとしても、五十分には管理人さんと顔を合わせているんですから、五十引く三十三で十七分――十七分以内に美神湖を横断しなければならなかったわけでしょ? 十七分で千五百メートルを泳ぎきるなんて、到底不可能です」
「栗山君の千五百メートル自由形のベストタイムは16分51秒8。決して不可能ではないと思うけど」
呆気にとられる。まさか、亮太のベストタイムまで調べ上げているとは。
「以上が僕の所見だ。なにか反論はあるかい?」
「大きな疑問がふたつあります」
私は、肩で息をしながらいった。
「ひとつは、亮太のベストタイムが一昨年の記録だということ。たとえ泳げない演技を続けていたのだとしても、まさかいきなりベストタイムで泳げたとは思えません」
「一昨年の記録だから今は出せるはずがない、と短絡的に考えていいものかな? もしかしたら、それ以上のタイムが出せるようになっているかもしれない」
日向はなんだそんなことかといった表情で、あっさりと答えた。悔しさに唇を噛みしめながら、もうひとつの疑問をぶつける。
「亮太が着ていた服はどうなったんです? 彼が湖を泳いで渡ったのだとしたら、どこで服を脱ぎ水着に着替えたんですか? まさか服を着たまま、泳いだはずはないでしょ? そんな格好のままで千五百メートルを泳ぎきれるはずがないし、管理人と出会ったとき、彼は間違いなく水着姿だったんですから。湖へ飛び込む前に着替えたのであれば、亮太の服は櫻澤邸――きっとこのあたりに脱ぎ捨てられたはずですよね。彼は、その服をどうしたんでしょう?」
「なんの問題もない」
日向はわずかな戸惑いも見せず、さらりと答えた。
「ふたとおりの方法が考えられるな。その一。脱いだ服は、湖の底に沈めるなりして処分してしまえばいい」
「そんな危険を冒すでしょうか? もし服が発見されたら、亮太の立場はますます危うくなりますよ」
「君のいうとおりだ。だから栗山君はもっと安全で、なおかつ確実な方法を選択した。その二。彼が最初から水着姿だったとしたらどうだい?」
つづく