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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)100

第7章 秒刻みの犯罪(4)

 翌日の朝。
 激しい葛藤の末、私は日向に電話をかけることを決意した。一対一で会話を交わすことには不安もあったが、しかしだからといってためらっている場合ではない。
 昨日の刑事の言葉が、ひどく気にかかる。一体彼らは、どこまで真実に近づいているのだろう? 少しでも情報がほしい。日向であれば、警察の動きを多少なりとも知っているはずだ。
 呼び出し音が響く間、私の胸は早鐘を打ち鳴らし続けた。だが私の気持ちとは裏腹に、受話口から聞こえてきた声は、『ふぁい』と実に間の抜けたものだった。どうやら寝起きらしい。朝八時という時刻は、自由業の身には早すぎたようだ。
「おはようございます」
 滑舌よく伝えたつもりだったが、日向は誰からの電話なのかまるでわかっていない様子で、『あー』とか『うー』と意味不明のうなり声をあげた。
「私です。S大の椎名――」
 つい本名を名乗りそうになり、慌てて次の言葉を呑み込む。
「あの……春山サクラです」
 それでようやく見当がついたらしく、日向は『ああ、ひさしぶりだね』と明るい声を発した。目も覚めたようだ。
『事件のことは清水君から聞いたよ。大変だったみたいだね。で、話はもちろん、そのことなんだろう?』
「はい。日向さんの知恵をお借りしたいんです。私、頭が混乱してしまって」
 思ったよりも、すらすらと言葉が出た。
「お時間の空いたときでかまいません。どこかで会っていただけませんか?」
『いつでもいいよ。僕はたいてい暇にしてるからね。僕も君から、事件についていろいろと話を聞きたいと思っていたし。君さえよければ、今からでもかまわないけど。講義はある?』
「ありますけど……でもかまいません。あまり時間が残されていないんです。今から会ってもらえますか?」
 県大会まであと五日。それまでには、なんらかのケリをつけてしまいたい。心身共にベストな状態で、亮太を試合へと送り出してやりたかった。
『じゃあ、今からすぐに出発するよ。《愛夢》で会おうか? 十時には着けると思うから』
「わかりました。では、あとで」
 静かに受話器を置くと、壁の時計を見上げた。約束の時刻までは、まだ二時間近くある。私は珈琲を淹れると、机の上のレポート用紙に向き直った。
《栗山亮太、六月二十日の行動》
 レポート用紙の一番上の行には、赤いボールペンでそう記されている。頭の中を整理するため、私がゆうべ仕上げたものだった。

《栗山亮太、六月二十日の行動》
 AM7:00頃 起床
  9:00頃 美神湖で釣りを始める(証言…釣り客)
 PM3:00頃 釣りをやめて、展望レストランで昼食(証言…店の従業員)
    3:30頃 レストランを出る(証言…店の従業員)
      ハイキングコース沿いの原っぱに寝そべって身体を焼く
       4:40頃 私に電話をかける
    4:45頃 遊泳場に入るが、痙攣を起こしてすぐに上がる
    4:50  管理人からタオルを借りる(証言…管理人)
    5:05  下りのゴンドラに乗る(証言…乗客)
  5:15  美神駅前に到着
  5:22  列車に乗る
        車内で亜弥を見かける(発車時刻は時刻表で確認)

「なるほど」
 私の記した文書に目を通しながら、日向は唸った。いったん張りつけたしかめっ面を、なかなか崩そうとしない。
 私たちは、美神駅へと向かう列車内にいた。事件について詳しく語り合うのであれば、現場へ赴いたほうがやりやすいだろうと日向が提案し、すぐに《愛夢》を離れたのである。

つづく

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