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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)101
第7章 秒刻みの犯罪(5)
2(承前)
「日向さんはこの事件について、どう考えてらっしゃるんですか?」
現れては消えてゆく窓の外の風景を眺めながら、私は尋ねた。
「ううん……いいたいことがいっぱいありすぎて、どこから始めればいいのやら。あ、君が書いたこの文書、しばらく借りておいてもいいかな?」
「どうぞ。差しあげます」
私が答えると、日向はレポート用紙をふたつに折り畳み、上着のポケットへとしまい込んだ。
「まず、この事件の最大の特徴は、犯行時刻がごく短い間に絞られているってことだよね。そしてもうひとつ、動機を持つ人物が極端に少ない点も挙げられる。櫻澤氏が美神湖畔で暮らすようになってから二十年以上が経つけど、その間に彼と接触した人間は、数えるほどしかいないんだ」
日向は貧乏揺すりを始めた。車内では煙草が吸えないので、イライラしているのかもしれない。
「そこで僕は、犯行時刻に注目して事件を考えてみることにした」
「犯行時刻に注目……」
列車は、大きく右にカーブする。私は身体を左に傾けながら、日向の言葉を反復した。
「とりあえず、櫻澤の殺された時刻が、本当にこれで正しいかどうかを疑ってみた。犯行時刻がこれほどまで短時間に絞られたのは、スーパーの従業員──荒瀬駿一君と君の証言があったからだ。しかしどちらかが、あるいは二人とも嘘をついていたとしたら?」
「私は嘘なんかついてません」
「でも、警察はあらゆることを疑ってかかる。君が嘘をついていないという証拠は、どこにもないんだからね。それどころか、事件の第一発見者というのは真っ先に疑われるものだ」
私は反論しようとしたが、すんでのところで思いとどまった。今はとにかく、彼の意見を聞こう。意見するのはそれからだ。
「犯行時刻については、五つのケースが考えられる。まず、最初のケース。殺人が推定時刻以前に行なわれた場合。つまり荒瀬君が櫻澤邸を訪れたとき、すでに櫻澤氏は殺されていたという考えだ。この場合も、犯行時刻は短い時間に絞られる。なぜなら、午後三時半から四時過ぎにかけて、櫻澤の姿を目撃した人物が大勢いたからね」
事件当日、美神湖畔で釣り客同士が交わしていた会話を思い出す。
――砂煙を思いきりまき上げやがって。あのくそ爺いには、ホントむかつくな。
――あれってベンツだろ? まったく、いいご身分だぜ。
午後三時半頃、櫻澤邸の鉄門が開いて、黒塗りのベンツが姿を現した。運転していたのは櫻澤。彼は家を出るとレイクサイドロードを走り、《わんぱく村》の奥へと入っていったそうだ。そちら方面は観光客もほとんどいないため、そのあと彼がどこへ行ったかは誰も知らないらしい。それからまもなくすると、ベンツは同じルートをたどって屋敷まで戻ってきた。再び鉄門を通り抜けたのは、午後四時過ぎ。釣り客の話を総合すると、どうやらそういうことになるようだ。
「つまり午後四時に、櫻澤は間違いなく生きていたと?」
「ああ。だから、もし荒瀬君が訪れたときに櫻澤氏が死んでいたのだとすれば、犯行はその間の約三十分に行なわれたことになる」
「だけど事実がそうであるなら、荒瀬さんは嘘をついたことになりますよね。櫻澤はすでに死んでいたのに、生きていたと証言したんですから。どうして、そんなことを?」
「そこまではわからないよ。ただ荒瀬君が嘘をついていると仮定すれば、このようなケースも考えられると述べたまでだ。櫻澤氏を殺した犯人は当然、この時刻――すなわち午後四時から四時半の間にアリバイを持たない人物ということになる。さらに、荒瀬君の知り合いであるとも推測できるね」
つづく