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自由形世代(フリースタイル・ジェネレーション)104

第7章 秒刻みの犯罪(8)

2(承前)

 ロールパンのような形をした雲が、真っ青な空の中央をゆっくりと移動していく。しばらく歩くと、森から鳥の美しいさえずりが聞こえてきた。
 のどかだ。先週の騒々しい出来事が、遠い昔のことのように思えてくる。こんなにも早く、あの忌まわしい事件を記憶の片隅に追いやれたのラッキーだった。亮太みたいに、いつまでも過去に苦しめられたくはない。
 レイクサイドロードを半分ほど歩いたところで、ようやく日向が話しかけてきた。
「春山君、僕の考えを話してもいいかな?」
 妙に、遠慮がちな口調だ。
「はい、お願いします。ぜひ、聞かせてください」
「だけど、君にとっては不愉快な話になるかもしれない」
 短くなった煙草を灰皿に捨て、彼はゆっくりと続けた。
「つまり……櫻澤氏を殺したのは栗山君かもしれないってことなんだけど」
「どうして? 亮太のアリバイは完璧なのに」
 私は声を荒らげる。
「私のところへやって来た刑事もいってました。亮太に櫻澤を殺せるはずはないって。亮太は、午後四時五十分に管理人のオジサンと顔を合わせてるんですよ。四時半過ぎに櫻澤を殺して戻ってくるのは不可能です」
「列車の中でも話したけど、四時半過ぎが犯行時刻だとは限らないんだよ。それよりも前――荒瀬君がやって来るよりも早く、櫻澤氏は殺されていたのかもしれない」
「そんなのおかしいですよ」
 日向の前に回り、早口で反論する。
「もし亮太が櫻澤を殺したのなら、荒瀬さんはどうして『櫻澤は生きていた』と嘘をつく必要があったんです?」
「うん。確かに、君のいうとおりだね。荒瀬君が栗山君を庇う理由などどこにもない」
 日向は片側の眉だけを動かし、困ったような表情を浮かべた。
「じゃあ、櫻澤氏が殺された時刻は、午後四時半過ぎだったと仮定しよう。でもね……残念ながらそれでも、栗山君が犯人でないと断定することはできないんだよ」
「どうして?」
「いいかい? よく考えてみてくれ。君の書いたメモによると、栗山君が展望レストランを出た午後三時半から、管理人にタオルを借りる午後四時五十分までの一時間二十分、彼のアリバイは成立していないんだよ。それ以外の時間は、驚くほど完璧なのにね」
 湖に顔を向け、日向は説明した。
「栗山君はレストランを出たあと、ハイキングコース沿いの原っぱで身体を焼いていたと証言しているけど、それを証明する人は誰もいない。ひょっとすると彼はレストランを出たあと、すぐに櫻澤邸へ向かったのかもしれない」

つづく

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