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この著者と、どんな本を作ればいいの?
本の編集者の仕事をしていると、日々、いろいろな企画が持ち込まれてくる。ぼくは生活実用書やビジネス書を中心に活動してきた編集者なので、企画書を送ってくださる著者(になりたい方々)も、それらの分野で活躍されている人が多い。
ぼくは今、マネジメント的な仕事も多いので、1年で2冊程度しかつくれない。だから、どうしてもお断りする案件が多いし、おもしろそうな場合でも後輩編集者たちに相談したりしている。そんな自分の状況をある著者さんに話すと、
「じゃあ、黒川さんはどんな人なら、一緒に本をつくろうと思うんですか?」
と質問された。とっさに「直感的にこの人と仕事したいと思った人です」とお答えしたものの、別れたあとにもう一度考えてみた。たぶん自分はこうやってきたな、ということが頭に浮かんだので、整理するためにもnoteに書いておくことにした。
企画を考える3つのステップ
著者を選び、本の企画をつくるプロセスはざっくり言うと「3ステップ」あるような気がする。あくまで、ぼくの場合です。
1、変態かどうかを見きわめる
著者というのは「1点突破」が理想だと思っていて、「あれもこれもできる」という人は、読者からするとあまりおもしろくない。長年ひとつのことをやり続けて、その分野においては「世界で一番くわしい」ような人が魅力的にうつる。
そこまで極めた人は、とんでもない努力や、驚きのエピソードや、常識を覆すような方法や、ちょっと変わった信念などを持っているものだ。
ぼくの著者に「ふくらはぎを研究し続けて30年」という人がいた。は?と思いながら興味本意でお話を聞いてみると、ふくらはぎに関してはとてつもなくくわしくて、世の中の人のふくらはぎの「硬さ」の違いについて楽しそうに2時間以上話をしてくれた。
そう、変態は楽しそうなのだ。その後、その著者の本はまさかのミリオンセラーになった。
ぼくが所属しているサンマーク出版には、世界で1500万部売れた『人生がときめく 片づけの魔法』や中国で500万部を超えた『生き方』などがある。片付け本の著者・こんまりさんは片付けの変態だし、生き方本の著者・稲盛和夫先生は経営、もっと言うと人生の真理を問い続けた変態でもある。
*こんなすごい方々を変態呼ばわりするのはいささか気が引けるけど、編集者にとって「変態」は最大級のほめ言葉だとつけくわえておきます。ちなみに、うちの社長はよく「一流の変態」などという言い方をします。
著者というのは大抵、何らかの「専門家」だ。でも、「専門家」ではちょっと弱いんだよな・・・と感じることが多い。
専門家を通り越して変態の域まで「何か」を追究してきた人なのかどうか。
周りがひくくらい、ある対象を愛してきた人なのかどうか。
時間を忘れるくらい、何十年もそれに没頭してきた人なのかどうか。
実は、変態かどうかは、10分くらい話すとわかるものだ。「直感的にこの人と仕事したい」と思うまでの時間はとても短くて、変態(だから、ほめ言葉ですよ)には、それとわかる気配や雰囲気のようなものがある。
およそ共通しているのは、自分の「得意分野」を振られたときに、めちゃくちゃ楽しそうに、そして長々と話をするということ。こちらの時間なんてお構いなし。10年ぶりに人との会話を楽しむように、意気揚々と話をはじめる。そんな楽しそうな様子を見ていると、ぼくの中のセンサーのようなものがピピピと作動しはじめる。
あ、この人、おもしそう・・・と。
こうなると、頭の片隅に(時にはど真ん中に)その人が棲みつくことになる。
2、何の変態かをさがす
「この人、おもしろそう」と思ったからといって、本をつくるかどうかはわからない。2番目のステップとして、「なんの変態なのか」を見極める必要がある。
会った瞬間に「この人、◎◎の変態かもな」と見つかる場合もあるし、時には長い年月がかかることもある。2018年に『ゼロトレ』という本をつくったのだけど、この本の著者さんが「なんの変態か」わかるまで2年以上かかった。あるとき、
「姿勢の悪い人や巻き肩の人を電車の中で見ると、治したくて思わず触りたくなっちゃうんです。さすがに、やりませんけど・・・」
と話されているのを聞いて、この人は「体を元に戻そうとする変態なんだ」とわかった。だからタイトルに「ゼロ」を使うことにした。
その著者の当時の肩書は「ヨガインストラクター」だった。ヨガの先生だからといって「ヨガの変態」とは限らないし、会計の専門家だからといって「お金の変態」とは限らない。昔、ある外科の若い先生が「ぼく、縫合が好きなんです」と言っていたので、「手芸の本を作りませんか?」と言ったらさすがに断られた。
ちなみに、今はあるのかわからないが、昔、大学病院などが主催で「縫合コンテスト」なるものがあって、その人はその大会に出場した人でした。
余談はさておき、ここで伝えたいのは
「肩書=その分野の変態」
と安易に決めつけないこと。昨日、お食事をしたドイツで活躍するオーナーシェフさんは、肩書だけ見ると「料理や食材」の変態なのだけれど、お話をすればするほど「気づかい」の変態かもな、と思いはじめた。
たぶん、変態性とはその人の表面的な肩書ではなく、奥の奥のほうに潜んでいる猟奇的な「何か」なのだと思う。
編集者が著者の変態性を見つけるには、とにかく会って話をするしかない。著者自身が自らの変態性を見つけるには、編集者やプロデューサーといった
「変態を見つける仕事」
をしている人と接するか、自問自答していくしかない。
とはいえ、変態性は誰にでもあるものではないのだけど。
3、「世間のニーズ」とクロスさせる
「何の変態か」が見つかったら、最終段階。でも、ここからが難しいんだ(苦笑)。
以前、『お金が貯まるのはどっち⁉︎』という本が40万部を超えるヒットになった。著者は不動産投資の専門家で、元メガバンクの支店長だった。その人はメガバンクを退職後に不動産投資で成功したのだけど、自分でつくった喫茶店に「お金で悩む人たち」をいつでも受け入れて、ひとりひとりの悩みに長時間、無料で相談にのっていた。
この人の変態性は「お金で困る人を減らしたい」ということで、よくあるキャッチフレーズではなく、銀行時代にお金で困る悲惨な人たちをたくさん見てきたからか、救いたいという気持ちに鬼気迫るものがあった。
その変態性を掘り起こしたあと、僕はそれに対してエレベーターのように、複数の市場ニーズを横軸として重ねていった。
1階は著者の得意なことである「不動産投資」。2階は「投資全般をやってみたい」という漠然とした欲求。3階は「お金を増やしたい」、4階は「お金を貯めたい」、5階は「人生を変えたい」と、上にいくにしたがっって「お客さんの数」が増えるように考えてみた。
つまり、「変態性」を縦軸とし、「ニーズ」という複数の横軸をエレベーター的につくっていく。図にするとこんな感じ。
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ぼくは4階の「お金を貯めたい」を選択して、結果的にはうまくいく事になる(どの階層を選択するかは、著者の個性や時代の流れを見て決める。この話は別の機会にしてみます)。
エレベーターの階層をどうつくるのか、ということは訓練のように思う。ルールとしては、「上にいくにしたがって客層が広がっていく」ということだけ。下の階層は手堅く、上の階層は大きなヒットになる可能性があるが外れるリスクも高い。
ただ、「1階」なのに大ヒットする本も時折あるからおもしろい。
最後に触れておきたいのは、このエレベーターの階層がどうにも見えてこないことや、階層を設定しても「変態性」とうまく交わらないこともあるということ。ステップ2まで来たのに、3でうまくいかなくて「本にならない」原因はこれに尽きる。
ぼくの頭の中にもステップ2で止まっている著者候補の方が何人かいる。もうちょっとで思い浮かびそうなんだけどな・・・と思っている人が何人かいる(心の中で、いつも謝ってるんです)。
その人の「変態性」のあるなしを直感で判断し、「何の変態か」をとことん語り合うことで見つけ、エレベーターの何階で勝負するかを一人黙々と考える。
企画の下地が整うまでの手順はざっとこんな感じ。ここまで辿りついてから、タイトルや構成をつくり、いざ本の執筆をスタートするというのが、ぼくの本づくりのルーティンです。
今回も長々と失礼しました。本やコンテンツをつくっている人の、何かのお役に立てたらいいなあ。最後にもう一度言っておきますよ。「変態」は編集者のほめ言葉です。