リスナーとして様々な音楽遍歴を経てもなお、現在まで折につけ聴いてきた松任谷由実ことユーミンの作品について4
前回、次はアルバム『KATHMANDU』を紹介すると書きましたが、せっかくなのでそれに関連して他の作品も少しとりあげてみたいと思います。
松任谷時代初期の作品に『紅雀』というアルバムがあります。
結婚後、1978年発表の復帰第一作で松任谷時代の1stアルバムともいえるこの作品、ユーミンワールドの中でも特に繊細で憂いのある表現へフォルクローレやボサノヴァなどのスタイルを巧みに昇華した、中南米音楽への情景に満ちた作品です。とはいえ、巷で知られた曲はほぼ収録されておらず、ファンの間でもあまり語られることはないのではないかと思うのですが、以下収録曲について掘り下げて語ってみたいと思います。
まず2曲目の「ハルジョオン・ヒメジョオン」
この曲はフォルクローレを取り入れたようなアレンジで、後の『OLIVE』に収録の「帰愁」でもそれはみられるのですが、そちらはユーミン作品にしては珍しく歌謡曲テイストが強く(日本の曲にフォルクローレを融合したという点では完成度が高い曲と思いますが)、一方の「ハルジョオン・ヒメジョオン」はしっとりとしたヨーロピアンテイストにミックスされてるような感じで、その点で荒井作品時代、特に『ひこうき雲』に見られた翳りのある質感との連続性が窺えます。
それはダンサブルな「私なしでも」や「紅雀」などの曲にも、メロディセンスの愁いさが感じられるところからもいえます。
また、「地中海の感傷」や「罪と罰」「白い朝まで」など、ボサノヴァやサンバなどブラジル音楽への情景をユーミン流に昇華した楽曲も味わいがあります。
そんな中、「LAUNDRY-GATEの想い出」は重厚感のあるブラスとリズム隊によるファンキーかつグルーヴ感のあるクロスオーバーな作風で、本アルバムの中ではやや異色な1曲ですが、僭越ながら全体的に地味な印象を受ける作品の中ではよいアクセントにもなっていると思います。
純粋にミュージシャンとしてのセンスから取り入れたのか、あるいは80年代以降のエスノ・ワールドミュージックのブームの到来を予感したものだったのか。
いずれにしても、本作品にみられる楽曲面における鋭敏なセンス(松任谷正隆の才も多分に関わってるといえますが)、またはトレンドへの先見性は、バブルという時代と共振するような華やかさが増していく以後の作品と、当時の若者を中心とした人々の心象風景を描写した詞世界への共感による大衆的人気の中に埋もれた感があり、ユーミンワールドを語る上であまり取り上げられてこなかったと思うのですが、エスノ・ワールドミュージックという視点で聴くと、穿った見方とも言えそうですが『紅雀』は次作以降随所で聴かれたそうした要素がニューミュージック時代からユーミン全盛期を経て達したJ-POP時代以降の"松任谷由実"のスタイルにたどり着くまでの原点のひとつで、その到達点が1995年に発表した作品『KATHMANDU』ではないかと思うのです。
勿論エスノ・ワールドミュージックの要素は一つの側面で、前回紹介したシンクラヴィアから脱却したデジタル編集ツール変更以後の楽曲・アレンジ面の変化などからも、90年代以降の本格的なJ-POP時代における松任谷由実スタイルの要素が窺えます。
ちなみに、ジャケットが1986年の作品『ALARM à la mode』に通じるモードな雰囲気で個人的に作品トータルとしてポイントが高いです。
と、やや大仰な話をしてしまいましたが、以下『KATHMANDU』収録の楽曲についての所感で締めたいと思います。
アルバムタイトル曲でもあるオープニングの「KATHMANDU」は当初の印象はややあっさりしたものでしたが、リスニングを重ねるほどエスノ色のあるシンコペーションによるグルーヴがじわじわとくるかんじがよいです。
また、浮遊感の漂うシティミュージック「Baby Pink」、ドリーミーなエレクトロポップ「Delphine」、ブレイクビーツとサウンドアレンジが、意外にも当時のストリートサウンドを席巻していたビースティ・ボーイズを彷彿とさせるイントロから一転、ユーミンには珍しい歌謡曲調の歌が入る「命の花」あたりが個人的に好みの曲ですが、楽器の音色や旋律から、各国のトラディショナルミュージックのテイストをかんじさせる「Take me home」「輪舞曲(ロンド)」「Broken Barricade」「Weaver of Love ~ ORIHIME」などは、先に述べたエスノ・ワールドミュージック視点からみた本作品を特色付ける曲ではないかと思います。