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阿片と毒と、甘いもの -1-

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もう、どれくらい走ったんだろう。
高校時代にバスケで鍛えたはずの心臓は、悲鳴をあげている。
「ごめ、、も、、くるし、、、」
と、由美はあえぎながら訴え、その瞬間に足がもつれ、
手をつないでいた僕達はもろとも地面に転がった。

暗闇でなにも見えないが、砂利道が膝と脛を盛大に傷つけたのだけはわかった。
じりじりと、なんとか四つん這いになり、少し後ろで倒れたまま動かない彼女の肩に手を掛けた瞬間だった。

彼女の顔がライトに照らされた。
美しい彼女の顔は、汗と土にまみれ、苦しさとまぶしさで歪んでいる。
反射的に振り返ると、車のヘッドライトがまっすぐとこちらを照らしていて、思わず目の前に手をかざした。
頭の中は、疲労で混乱している。
助かったのか、それとも、これから死ぬのか。
後ろにいた由美が、僕の背中に両手を掛けて立ち上がった。
フラフラと、手を付きながら、僕の脇をすり抜けて、光に吸い込まれていった。

なあ、この光は、なんの光なんだ。
どこに続く?
救いか?地獄か?

※※※

「元気?久しぶり!」

3か月前、由美から突然LINEが来た。
由美とは大学時代にサークルで知り合い、半年だけ付き合った。

別れた理由はシンプルで、彼女が知らない男と手をつなぎながら歩いていたのを目撃したからだった。
実は僕にとっては初めての彼女で、いろんな意味での大学デビューの僕からすると、その場に立ち入って相手の男に「なんなんすか?」と問いかける・・・なんてことは漫画とドラマの世界でしかなかった。
家に帰って、「今日、見ちゃったんだけど」とLINEを送るのが精いっぱいで、彼女から「ごめんなさい。一度会って話したい」という返信を既読スルーして、そのまま自然消滅してしまった。

由美はめちゃくちゃいい子だが友達がすごく多いわけではなく、見た目はどちらかというと清純派寄りに位置していたので、そこそこ、いや、かなりショックな出来事だった。相手の男がスーツ姿の大人だったことも衝撃だったが、しばらくたって「女はわからねーな」とサークル仲間に話した時に、全員から「お前バカか?あいつは元々、そっち系だろ」と笑われた。どうも、見た目の地味さとは裏腹に、割と(だから?)男にもモテるし、マジメがゆえに社会人も参加するような勉強会やイベントに出向くことも多く交友関係は広いそうで、僕と付き合う前にも後にも、1か月と置かずに彼氏ができていたらしい。
全然知らんかったわ。

前回のLINEは2017年11月24日。
「コウくんも、行きにくくなると思うから、私、サークルやめるね」
と書かれていた。当然、返事はしていない。
3年か。
ちょっと迷ったが、あまり時間を置くと逆に意味深だし、こだわってるようにも見えるし、「気にしてないよ」の風情を装うためにも、即レスすることにした。

「お、久しぶり。元気だよ。」
「お、久しぶり。元気だよ。由美こそ元気だった?」
「お、久しぶり。元気だよ。なに?」
「お~久しぶり!ギリ生きてる~。なになに~?なんかあった?」
「お、久しぶり。元気だよ。今なにしてんの?」

という逡巡を経て、
「お、久しぶり。元気だよ」
とだけ送った。

「あ~、3年ぶりの返信~www」
「なんだよwそっちこそ元気にやってんの?」
「うん、生きてるよー」
「いま東京?」
「うん、東京。コウくんも?」
「うん、結局東京で就職した」
「そっか。なんかさ、こないだ赤坂でバッタリ、さくらに会ってさ」
「へー。さくら。俺も卒業してから会ってない」
「広告代理店なんだってね。忙しすぎて死にそうって言ってたw」
「俺、最近あんまサークルの集まり行ってないから。近況知らんかったわ」
「うん、さくらも言ってた。で、コウくんの話になってさ、久しぶりにメッセ送ってみたの」
「俺の話wやめろwww」
「ね、いつ空いてる?久しぶりに会いたい―」
「話の展開、急すぎね?w」
「だって、打つのめんどい」
「www 大学時代はもうちょいちゃんと生きてたろw」

ふう、とため息をついて、スマホを枕の横に置いた。
暗闇の中、天井を見つめる。
由美と会う日のことが脳内を駆け回り、どんな服を着ていこうか、どんな話をしようか、その日の夜はどんな風に別れるのか、もしくは別れないのか、とアレコレ思考が動いた。
この1か月、眠れない日が続いていたが、その夜はいつの間にか眠っていたらしい。
7時のアラームが鳴るまで、目が覚めることがなかった。

朝、歯を磨きながら、冷静に昨夜のやりとりを思い出してみると、憂鬱さが頭をもたげてきた。
いまやっている仕事について聞かれたら、正直、答えたくない。
由美、あいつ、なんの仕事してんのかな。
けっこう優秀だったし、大人の会にも出入りして気に入られてたみたいだから、一流企業とかに就職してんのかな。
サークルの集まりに行かなくなったのも、周りの仲間がそこそこ名の知れた会社に就職したり、小さくとも自分の未来を考えて選んだ企業に就職したりしていて、そういった奴らと仕事の話がしにくくなったからだった。

まだ、朝、起きて会社にいけるだけマシか。

家のドアを開けた瞬間、僕は心を無にして、イヤホンのボリュームを上げた。

(つづく)

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Rie Kuroi
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