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子宮の詩が聴こえない3-②

3-①を読む)(第1章から読む

■| 第3章 謀略の収束
②「身勝手」


若田ショウは焦った。
「なんだこれは……。どうして予定にないことを勝手に……」

突如、引退発表と「女神宣言」をした番長あきの心理が読めない。

ただ、観衆は違う。
スクリーンに映し出された写真は、島に伝わる女神の姿だと説明があった。
なんとそれが番長あきそっくりの顔なのだ。
言い知れぬ高揚感とともに、その説得力に完全に押されている。

番長は静かに語り続ける。
「私がここに来たのは運命でした。ずっと奏でてきた子宮の詩が、この島の伝説と協奏曲のように重なったのでしょう」

観衆はもはや押し寄せる感情の波に抗えない。
涙、また涙。割れんばかりの拍手が送られる。目を閉じて凛と立っている番長の神妙な姿。もはや女神の再来にしか見えていない。

「……もういい。止めてきてください。早く!」
若田に促され、ステージ袖からラッキー祝い子がマイクを片手に飛びだした。

「あきちゃーん! すごいねえーハハハ……。実は女神だったのか……いやあ、びっくりするよねみんな……」
何も知らされていなかったため、歯切れが悪い。

ラッキーを一瞥した番長は、「弥生祭のフィナーレにぴったりだったでしょう?」と言って微笑み、平然としている。

弥生神社に保管される本物の明治時代の女神の肖像はまさみによく似ていた。
それなのに、スクリーンに映し出された写真では顔だけが番長あき。それはこの場では、首から上をすげ換えた当の本人とラッキーにしか分からないはずだった。

しかし、ステージ上の2人にとって大きな誤算がある。
この2日前、弥生神社をワタルが取材したことだ。
宮司の金宮から説明を受け、女神の肖像を資料としてしっかりと画像データに残している。

ワタルの驚きは、記者の本能かすぐに歓喜に変わる。
「アイツ、やりやがった……。捏造写真による扇動じゃねえか。子宮の詩を詠む会はこれで“詰み”ですね」

誠二はその言葉をどこか他人事のように聞いた。
これまで自分たちが苦しめられていた狡猾な集団が、こんなにも簡単に瓦解するものだろうか。
なぜこんな浅はかな行為を……。


慌てる若田らの舞台裏を尻目に、番長の独壇場は続く。
「さあ、エンディングです。この島の弥栄(いやさか)とラッキー劇団、新しい女神伝説の始まりです。深い瞑想でこの祭りを締めましょう……」
ステージ中央に立つ番長は、目を閉じて両手を広げた。

あたふたしつつもラッキーが「で、では皆さんも一緒に! さん、はい!」と瞑想の開始に相応しくない合図をする。
一斉に手を広げ、空を仰ぐように目を閉じる1000人の観衆。
その様子は、ワタルの望遠カメラに何枚もしっかりと収められた。

「わははは! バカだ! あいつらバカだよ!」
「ちょっとワタルさん! 聞こえますよ! ちょっと静かに!」
はしゃぎながらシャッターを切りまくるワタルを抑え、亜友美が腕を引っ張る。
誠二は山本や島民たちの様子を伺った。
「やっぱりこれってカルトなんだな……」
誰かがポツリと言った。


子宮の詩を詠む会にとっては、祭りは成功に終わった。
最後の「電撃引退」の一幕を除いては。

ステージ裏に引き揚げた番長を若田が問い詰める。
「あきちゃん、聞いてないですよ。なんですかアレ」

番長は、羽織っていた白装束を雑に脱ぎ捨てると、パイプ椅子に足を組んで座り、スタッフにタバコを要求した。
「フン、元々はまさみを女神に祀り上げて、私が司祭になってうまく操る予定だったのよ。あいつがバックレたから計画が狂った。でもまあ、こっちの方が分かりやすくなったでしょ」

若田は頭を抱えた。
「この後のミジンコブログはどうするんですか。せめて打ち合わせはしておいて欲しかった」
番長は事も無げにニヤニヤしながら返す。
「ブログなんかタイトルを変えりゃなんとでもなる。むしろアクセス数アップよ。私が伝説の女神になるんだから。アーハッハッハ!」

すっかり主役の座を奪われたラッキーは複雑な表情で聞いた。
「でも、あの写真は? どうやったの?」
タバコの煙をふかし、番長はさらに笑う。
「ふふふ。こんなこともあろうかと、いつか遊びで不二子さんにやってもらったのを使ったわ。あの人、写真の加工とか得意だから」

舞台演出のキング岸塚が口を挟む。
「写真をスクリーンに映す手配は直前に聞いて私がやっておいた。てっきりみんなには知らされているものだとばかり思ったが……」

周囲が黙り込んだその発言にムッとしたのか、番長は不機嫌になった。
「何よ。子宮の詩を詠む会のイベントを私がどうしようが勝手じゃないの。どいつもこいつも文句ばかり言いやがって」

すると、鳩矢銀太郎が茶化しながらテントに入ってきた。
「なんや、やっぱりあきちゃんの暴走やったんかいな。これは修羅場やな。おーこわいこわい」
自分の出番の後は、広場の脇にある物販のブースに張り付き、がめつく有料でのサイン会や写真撮影などをやっていたようだ。
番長はその鳩矢にも冗談めかしながら噛み付く。
「おっさん、あんた2曲だけの予定を5曲もやったわね。それに何よ、その小娘のトークは。無理やりねじ込んでくだらないことに時間使って」

怯えるように後ろに隠れる愛人のなっちゅうをかばって、鳩矢は笑う。
「ひゃひゃひゃ! ワイはスーパースターやから仕方ない。若い子を育てるためやからそう怒りなさんな。あとは若田がいつも通りなんとかする。せやろ?」

そう言われたものの、若田の我慢もいよいよ限界に来ている。
この個性の強すぎるスピリチュアル界の重鎮たちの身勝手には何度も苦しめられてきた。
「……あきちゃん、またゆっくり話しましょう」
その言葉を無視するように、番長は宙を見つめてタバコを燻らしている。

鳩矢が若田に尋ねた。
「それにしても、まさみちゃんはどこに行ったんや? ワイもあの子を見るのを楽しみにしとったのに」
「……いや、それが自分にもさっぱり」
「直前に逃げられたなんてシャレならんわ。ちゃんと管理しとけや」
「……」

打ち上げの準備に取り掛かり始めた舞台裏。
そこを後にした若田は、子宮宮殿の入り口で、観客の宿泊や移送などの手配に追われた。

そこに、未久が再び現れた。
一昨日に取材をした際、祭りの特別パスを渡されていたのだ。
「若田さん、お疲れ様でした。ステージ拝見しましたよ」
脳裏に一昨日の記憶が蘇った若田は、やや身構える。
「ああ前田記者どうも。おかげさまでなんとか無事に終わりまして」
「あら、とても無事には見えなかったわ。番長あきさん引退ですって?」

やはり、この記者は苦手だ。
「……前から決まっていたことです。サプライズ的に発表させてもらいました」
未久はややニヤけながら質問を続ける。
「花火もすごかったですね。でもこんな夜中に。島の皆さんは大丈夫なんですか?」
「……」
「ずいぶん人がいるわねえ。ここってそんなに人数が泊まれる施設だったのかしら?」

どういう訳かやけに不遜な新聞記者。
この会話はスタッフや信者には聞かせたくない。
「……ここではなんですから、またちょっと向こうへ」

ロビーのテーブルにつくと、若田はスタッフを呼び止め、コーヒーを運ばせるよう手配をした。
腰を下ろすかそうでないかで未久は話し始める。
「いやあ、色々面白かったですよー。でも、まさみさんの出番はどうしたんですか?」
苦々しい表情で言葉を絞り出す。
「……まさみは、ちょっと連絡がつかなくなりまして」

「ええ!? あれだけ私も話をしてやる気満々になっていたのに!」
なぜこの女性記者はたまに芝居がかった大げさな口調になるのか。若田には全く分からない。
「……前田記者には、感謝しています」

話は、ここと同じ場所で若田が未久に直撃取材を受けた一昨日にさかのぼる。


― ③に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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