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子宮の詩が聴こえない3-⑧

⑦を読む)(第1章から読む

■| 第3章 謀略の収束
⑧「拉致」


弥生祭から二日が過ぎた朝、華襟島にはO県警察から捜査員が大挙して乗り込み、早池知高町長を連行して事情聴取を始めた。
町長にはイベント開催と宮殿建設に伴う民間企業からの多額の収賄の疑いがかかっている。

以前から内偵が入っていたとのことだ。
そこに、未久の報告を受けた父・清の県警本部長への連絡が決め手となった。役場勤務の野村由記子らの積極的な情報提供もあって、逮捕はスムーズだった。

首都新聞では明日の朝刊トップで詳細に報じることになっている。
週刊リアルも、2日後の発行号に間に合い、内容にはスピリチュアル団体と早池の関係性が事細かに掲載されていた。
ただ、それらの報道に「ミジンコブログ社」の文字は無かった。
子宮の詩を詠む会は単にブログ利用者に過ぎないという考えによるものだった。が、世間がこの団体の危うさに注目するのは時間の問題だろう。


夕刻。
華襟島から本土へと戻るためのフェリーの乗り場で、誠二とまさみは合流した。古葉家で会ってから数日しか離れていないが、やはりお互いに照れ臭そうにしていた。
ワタルが初対面の挨拶も半ばにその様子を茶化そうとし、亜友美に諫められた。

2時間後のフェリーに乗ることになっている。
土産物屋も入っているこの施設しか、近辺には時間をつぶす場所がないこともあって、子宮の詩を詠む会の信者らしき若い女性でごったがえしている。

ベンチの空きをみつけ、誠二とまさみは荷物を置いて並んで腰かけた。
やや間があって、まさみの方から口を開いた。

「……色々とごめんなさい。今は本当にそれしかないです」
かしこまって敬語になる妻が可笑しく、誠二の表情がやわらかくなる。
「自分で気付いてくれてよかった。最後の最後に、祭りに出なかったのもよく判断してくれたよ」

誠二は手紙を受け取ってから、あえて短いメッセージのやりとりしかしなかった。
取材もあって、気を緩めたくなかったこともある。

「……お姉ちゃんには全部話した。誠二くんの会社も、弥生祭のことを書いたの?」
「もう取材したことは送って記事もできた。あとは、発刊を待つだけだよ」
「子宮の詩を詠む会はどうなるの?」
「それは世間の反応次第。週刊リアルが報じれば、『怪しい変なもの』だってなるんだろうけど」
「何か中にいた身として、もっと話した方がいいかな」

誠二は少し考えて、まさみを見た。

ガラス張りの待合室に入って来る陽の光が、妻の横顔を照らしている。
長いまつ毛と薄化粧が、やけに新鮮で見惚れてしまった。

置き手紙の内容からも分かっている。妻が苦しんだこと、そしてこれからも、きっと折に触れてこの体験を思い起こすことを。

信者の生の声を求めていた会社に応えるのは、もう止めた。
「いいよ。忘れろっていうのはおかしいけど。もう十分だ」
「……忘れないよ、多分」

周囲では、まだ弥生祭の余韻が冷めやらない様子のファンが派手な格好ではしゃいでいる。
まさみはその光景に、ほんの少し前までの自分を重ねていた。

「女性はみんなスピリチュアルが好きだと思うんだよね…」
誠二も応じた。
「そうだよな。不思議なこと、キラキラしているものとか。俺にはあまり分からない。そのことが好きなこと自体は悪くないって思っているよ。ただ、そもそもあれはスピリチュアルなのかって思うし」
静かな会話を続ける二人の間だけ、ゆっくりと時間が過ぎているように感じる。
「……私、心地よい物ばかりに触れたがっていたんだと思う」
「うん」
「誠二くんが言ってくれたように現実から逃げていたよね」

これまでに無かったまさみの落ち着いた雰囲気と後悔の言葉。
もう何かにのめり込んで周囲が見えなくなってしまっていた以前までの妻はいない。
娘が生まれてから何もかも慌ただしく送っていた生活も、今日から少し変わる。

家に戻ったら、じっくりと話す時間をまた作ろう。
誠二は胸の奥から安堵感が広がっていくのを感じていた。

「ま、言ってみりゃそうだったな! 君は現実から逃げまくった!」
伸びをするようにしながら誠二がふざけて言うと、まさみもおどけて頭を抱える。
「あああ、本当に申し訳ございません~……」
神妙だったやり取りが明るく変わった。

「そういえば引き落としたお金、どうした?」
「大丈夫。ちょっとしか使ってない」
「ちょっと使ったのかよ……」
「いや、ほんのちょっとよ!」
まさみは少しのためらいもなく誠二の腕にがっと触れる。
二人は互いに見つめ合うようにして笑った。


夫婦で談笑する横に、急に未久が現われて二人の顔を覗き込む。
今朝の早池連行の取材を終え、充実の表情だ。
「若いご夫婦。ちょっといい雰囲気だったからキスでもするつもりかと思ったら、何を笑っているのかな?」

まさみが「もう!」と押し返し、誠二は頭を下げた。
「未久さん、取材どうでした?」
「家宅捜索は明日だってさ。私はもうちょっとO県支局に協力して残る。おかげさまで地元紙に先んじたスクープがとれました。わっはっは、感謝感謝!」

上機嫌に大声で話す未久に、周囲の客からの視線が注がれる。
誠二は笑いながらも、「ちょっと」と声を抑えるように促した。
「やべ、ちょっと大きかったな」と未久。

その場で三人でしばらく明るく話し込んだ。
信者で混みあう場所だけあって、批判めいた話はできなかったが、取材のこと、まさみや父との会話のことなど。

そのうちお互いの家庭の話などもして、小一時間ほどが過ぎた。
独占スクープのお膳立てをした形になったとはいえ、誠二はまた、この明るく活発な義姉に必ず恩返しをしたいと思っていた。

「じゃあ、お二人さん。また連絡するわね。東京で会おう」
去ろうとする未久に向かい、まさみは立ち上がって頭を下げる。
「お姉ちゃん、本当にありがとう。今度またゆっくり話したいよ」

未久は何度も頷いて去り際に手を挙げてしながらそれに応えた。
「気をつけて帰りな。お父さんのお見舞いもしていったらいいわ」
「うん! そうするね」

明日の取材の準備もある。あとはフェリーが出るのを見送ろうか。
未久はそう思って手を振りながら、施設の外に出た。

二人の姿が見えなくなった出入り口付近。
未久はふいに後ろから何者かに羽交い絞めにされて動けなくなった。

「え!? 痛っ! 何すんのよ!」

抗おうとして大声を出す未久の口をしわがれた手が塞ぐ。
「……声がでかいんだよ記者さん。そのおかげでタレコミがすぐに来たけどね。どこの社だい?」
小柄な未久の体を後ろから力強く抱えているのはキング岸塚だ。

「あら、ご丁寧にメモ帳に社名が。首都新聞さんね。ご苦労さまー」
正面から現れた香崎不二子が、未久の鞄の中身を取り出し、やけに嬉しそうに笑う。

「ううー!」と声を出せずに暴れる未久に、香崎が続けた。
「お静かにできないのかしら。しばらく眠ってもらおうか」
キングの手と入れ替わりに顔ごと布で覆うと、未久は「誰か!」と叫ぶのがやっとで、すぐにぐったりと動けなくなった。
そのまま近くに止めてあった車に乗せられる。

この騒ぎを目撃していた近くの客が騒ぎ始めた。
待合室の入り口付近に座っていたワタルがすぐに外に出て、近くの客に尋ねる。
「何かあったの?」
「女の人が拉致されたみたいで……」
「ええ? 警察、警察!」
同じく駆け寄った亜友美が慌てて通報する。


「なんだ? ……連れ去り?」
誠二も異変に気付いて立とうとした。

しかし気付くと、二人は数人の奇抜な格好をした女性たちに囲まれている。
そのうちの一人が、見下すようにしながら横柄な態度で尋ねた。

「さっき話してた女、あんた達の知り合い?」

誠二はいぶかしげに聞き返す。
「……ええ。何かあったんですか?」

また別の一人が悔しそうに言った。
「やっぱりあれが記者だったのよね? ああ! 私があきちゃんとラッキーちゃんに密告したかったのに!」

取り囲む女性たちにどよめきと奇声が広まり、まさみが心配そうに言う。
「……密告?」
また別の女が誠二に詰め寄る。
「もしかしてあんたも記者の仲間なの? そう?」
ぐいっと突き付けられたスマホ画面には子宮の詩を詠む会のブログ記事が映っている。

素早く黙読した誠二はすぐに察して立ち上がり、まさみの手を引いて囲みを破ってワタル達の元へ走った。
「やられた! 未久さんだ!!」

つい2時間ほど前に更新された子宮の詩を詠む会のブログにはこう記されていた。

 批判はただの嫉妬です。自由に心のまま生きる私たちへの。
 弥生祭に悪意を持って報じる動きがあります。卑劣なメディアの陰謀です。
 華襟島に集った皆さま。面白いゲームをしましょう。
 潜入中の記者に関する情報があれば些細なことでもいいのでご連絡ください。

 有力な情報提供者には報奨金10万円を差し上げます。

 子宮の詩を聴いて、研ぎ澄ました意識を結集させ、正義の周波数を上げて悪魔に鉄槌を下しましょう。


 番長あき&ラッキー祝い子


― ⑨に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)


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