子宮の詩が聴こえない3-③
■| 第3章 謀略の収束
③「屋上の姉妹」
未久からの直撃取材を意気揚々と受けた若田。
イベント開催が島に与える効果をアピールするつもりが、早池町長との関係などを一方的にしつこく問われ続けていた。
「私もO県の生まれで、知人が華襟町役場にいます。野村さんという同級生の女性で」
「そ、そうですか。それはそれは……」
未久のトークに押され、数分も話さないうちに汗だくになっている。
「野村さんの家に泊めてもらって早池町長の話をずっと聞かせてもらいました」
「……この祭りは、町長の理解がないと開催できませんでしたね」
未久がぐいと身を乗り出す。
「それだけ? ミジンコブログ社さんはずっと前から早池さんに目をつけていたんじゃありませんか?」
「いや、その……。有名な方ですから……」
『スピリチュアル売春島』の計画を悟られるわけにはいかない。
不敵な笑みを浮かべるこの早口の女性記者はどこまで分かっているのか。
ますます顔から汗が出る。
未久が周囲を見渡しながら言った。
「素敵な宮殿ですよねえ。ちょっと見学させてもらえませんか?」
「……ええ、どうぞ」
この場で苦戦し続けるよりはマシだろう。そう考えて、ペースを握られるがまま、若田は宮殿内を案内し始めた。
宮殿の屋上。
バーベキューなどができる開放的なスペースになっている。
まさみはそこで一人夜空を眺めていた。
特に天体観測の趣味はないが、幼いころから星を見るのは好きだ。
大きな荷物を抱えたままベンチに座っている。
スマホを握りしめ、誠二へのメッセージを送ろうか迷っているが、頭が働かず、うまい言葉も見つからない。
「これから、どうしよう……」
番長あきに追い出され、島内には行くあてもない。
ため息ばかりが漏れる。子宮の詩を詠む会と離れる決心はとっくにしたものの、家族のもとへと戻れるのだろうか。
寂しさが押し寄せてきた。
屋上入り口付近にあるたった一つの灯りが、余計に孤独を膨らませている。
そんなところに、ちょうど入り口のドアが開いた。
現れたのは若田だ。
「あ、まさみさん! ここでしたか!」
まさみは驚いて思わず背筋が伸びた。
若田の大声よりも、そこに連れだって登場した未久の姿に、だ。
口の前にひとさし指を立て、若田には見えないように目で合図をしながらニヤニヤと歩み寄って来る姉。
幼い頃から変わらない、いたずらっぽい笑顔が、なぜだか浮かんでくる涙でゆがんだ。
まさみの傍まで来た若田が感心したように言った。
「さすが記者さんだよなあ。もしかしたら、まさみさんがここにいるかもって言うから」
屋上を見たいと言って案内させた未久は事も無げに笑顔で返す。
「感傷的になると綺麗な夜空を見たくなりますものね」
まさみはどんな表情をしていいか分からない。
「こちら首都新聞の前田未久記者。弥生祭の取材をしてくださるそうで」
若田からの紹介を受けた未久は大げさに挨拶をした。
「どうもはじめまして、まさみさん! まあー、噂通りの美女ですねえ!」
ニヤニヤしながらものすごく大げさに声をかけてくる実の姉。
まさみは照れ臭く固まって、会釈しただけで芝居に付き合うのをすぐ諦めた。
そんなまさみの様子をよく見もせずに、若田が説得にかかる。
「まさみさん。考え直しませんか? あなたがいてこその弥生祭なんですから、出演してもらわないと困りますよ」
気を取り直したまさみは若田を真っ直ぐに見た。
「やっぱり、どう考えてもこんなお祭りはおかしいと思うんです……子宮の詩を詠む会のやり方だって……」
若田はそれに困惑しながらも優しさを見せる。
「何か嫌なことがあるなら自分が聞きますから」
その二人のやりとりに、未久がぐいっと割り込んだ。
「きっと不安なのよね? 若田さん、ここは女同士でお話しさせてもらえません? ねえ、どうでしょう?」
驚くまさみだけに見えるように、未久は舌を出してウインクをしている。
「そうですか……それもいいかもしれませんね」
若田はちょっといぶかしげに承諾し、未久は大げさに喜ぶ。
「よかった! 悩み相談のついでに取材みたいな感じで。助かりますわ」
「では、その前にちょっと」と若田は未久を片手で制した。
「まさみさんに業務連絡を。少しだけ離れていてもらってもいいですか?」
未久が応じると、まさみの隣にさっと座った。
小声で話しかける。
「……新聞記者だぞ。分かってるな。親身になってくれても、余計な奴にベラベラいらんことをしゃべるなよ」
これまでに聞いたことがなかった脅すような声色。
顔を近寄せられて身を固くしたまさみは、一応、何度か大きく頷いてはみせた。
若田はすぐに笑顔に変わり、未久にも聞こえるように上機嫌で「しっかり取材に応じるようにね。あとで二人ともロビーまでお願いします」と言って立ち上がった。
その場を去る若田に、未久が陽気に手を振った。
「はあい! では後ほどー」
すぐに若田と入れ替わり、ベンチの隣に座る。
まさみは、荷物を抱きしめるようにしていた。
未久はあえてリラックスさせるように、空に向かって背伸びのしぐさをした。
「はー、さすが自然が多い島は星がきれいよねえー」
二人で若田が立ち去ったのを確認すると、それを無視してまさみが尋ねた。
「……ねえ。なんで、お姉ちゃんがいるの?」
未久はニヤニヤしながら、まさみの肩をポンと軽く叩く。
「美女ブロガーまさみさんの舞台デビューの取材のためですよぉ。これは翌日の首都新聞の一面になるかもしれませんねえ!」
そこまで言って、堪えきれず吹き出した。
まさみは呆れ、観念したように空を仰いだ。
「……ここにいるって、よく分ったね」
未久はちょっと考えた後に応じる。
「あんたは昔から何かしら逃げた時は星の見える場所よ。『屋上にいるかもしれない』って言ったらちょっぴり怪しまれたけどね」
「……」
黙り込んだが、姉に行動を見抜かれたのが少し嬉しかった。
未久は足を組み、膝に頬杖をつくようにして妹を見据える。
「それよりさあ、さっき何て耳打ちされてたの?」
そう聞かれ、まさみには隠す気も一切ない。すぐに答えた。
「親身になってくれても余計な奴にベラベラしゃべるなって」
若田を出し抜いた余韻も残っていて、未久はまたも腹を抱えた。
「そんな速攻でバラすなってば! アッハハハハ!」
まさみもつられて笑いがこみ上げてきた。
「フフフ、親身になるも何も、身内なんだもんね……」
「そうよ。あんたと私の間の余計な奴ってあいつじゃん!」
「うん……」
孤独が救われたように、まさみは何度も小さく頷いた。笑いの反動で涙がまた浮かび、流れそうになっている。
それを見てか見ずにか、未久は少し真面目な表情になった。
「……誠二くんも来てるんだよ。明後日、祭りにも潜入するみたい」
まさみは涙を悟られないようにして返した。
「そう、やっぱり来てくれたんだ」
誠二から来た短いメッセージを思い出していた。
『手紙ありがとう。迎えにいくよ』
未久にも、誠二から手紙の内容は大まかに伝えられていた。
「あんたよく自分でここを抜けるって決心したね。いろいろあったけど、それだけは褒めてあげる。またブン投げてすっ転ばして殴らずに済んだわ」
先日の実家でのケンカを冗談めかした。
「あれは、私も悪かったよ……本当に」
姉のサバサバした性格を思い出して、安堵感は増していた。
「で、どうすんのよこれから。あえて舞台に出て無茶苦茶にしてやるとか?」
そう聞かれ、少し考えてからまさみは応える。
「お姉ちゃんじゃないんだからそんな度胸ないよ……」
するとスマホを取りだした未久は、「まあ、私にちょっと考えというか。取材の手応えもあってだねえ」とおどけるように言いつつ画面をフリックした。
首をかしげるまさみを見ず、そのまま告げる。
「私としては、祭りはきっちり開催された方が面白いのよ」
「……どういうこと?」
不思議そうに見つめる横で通話が始まった。
「もしもし? 遅くにごめんね、お父さん。未久よ」
電話の相手は仲がよくなかったはずの病床の父、清だ。
姉の突飛な行動に、まさみは面食らった。
― ④に続く ―
(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)