子宮の詩が聴こえない1-⑤
■| 第1章 詩人の勧誘
⑤「個人セッション」
うっとりと番長あきを見つめるまさみ。
壇上に進んだ番長は司会のラッキー祝い子とハイタッチをした。
椅子に座り、サイドテーブルに置かれたペットボトルからグラスに水を注いで一口だけ飲む。
「あきちゃーん!」という前列3、4人グループからの合わせた声に手を振って満面に笑み。
ひと息ついて挨拶を始める。
「番長あきです。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
再び大きな拍手、指笛や声援に沸いた。
「私はブログでは毒舌とか、ズケズケ言っているんですけど、実際はとても礼儀正しくて、こんなにも可憐な女の子……でしょ。えへへへ」
会場にも笑いが起こる。
人生指南のように自信あふれた力強いブログとは異なる印象の姿。
白い着物のせいか、光を浴びているためか、輝いて美しく見えている。
まさみは見とれたまま。胸には「来てよかった」という気持ちが溢れた。
「ブログも本も好評で、オンライン会員さんも増えていて……。あ、初めて来たよ、っていう人は?」
会場の4分の1ほどが反応し、まさみも手を挙げる。
「けっこういる! お会いできて嬉しいです! えへへ」
しぐさも言葉遣いも、実年齢より幼く見える。
35歳だ。都内のキャバクラで勤務した後、美容師見習いを経てブロガーとなった。
人気に火がついたのはごく最近のこと。
女性の心を震わせる「子宮の詩」なるスピリチュアル的な説を提唱して出版もして、芸能人著名人が多数参加するミジンコブログのアクセスランキングで常に上位を保っている。
「私自身、子宮の詩をたくさんの人に伝える役目をもらって、人生が変わりました。女性は体の内側に生命が宿る器(うつわ)を備えているので、生きていればそこが必ず反応します。初めて参加の皆さんにもそのことを伝えたいと思っています」
会場内には熱心にメモを始める人が出始めた。
まさみも慌ててカバンから手帳を出し、ペンを走らせた。喜びなのか、少し手が震えている。
演説が続いた後、「今日の衣装、かわいいねえー!」とラッキー祝い子が参戦。着物の番長とは対照的に、オレンジ色の派手な肩出しドレスにミニスカートだ。頭にはよく分からない飾りをつけている。
しばらく子宮の詩を詠む会のツートップによるトーク。
笑い声や手を叩く音も聞こえ、盛り上がっている。
この日のセミナーでは「特別個人セッション」が企画され、番長あきに悩み相談ができる権利が販売されていた。
ただ、その枠は3人のみ。
まさみは購入ページを訪れたものの、売り切れていて買えなかった。
「さあ、個人セッションに移ります! 幸運にも購入できた方! ステージ前までお越しください!」
ラッキーの声に促され、3人の女性が立ち上がる。
タムタムがまさみに耳打ちした。
「私も買いたかったけど、ダメだったんだ」
「あ、私もです」
「いつもすぐ無くなるみたい。すごい競争率だからね」
「うんうん……」
ほとんどのファンが購入を試みたのだろう。
ステージに上がった3人は、宝くじの高額当選者であるかのように羨望の眼差しを向けられている。
番長あきと対面するように椅子が運ばれ、「当選者」の一人がまず座った。
ラッキーにマイクを渡され、おそるおそる自己紹介を始める。
「もうじき40歳で、不妊治療をもう2年続けています。それで、あきちゃんに、私の子宮がどうなっているか聞きたくて来ました……」
緊張気味で小さな声の相談に向き合い、軽いトーンで番長が応じた。
「ふんふん。赤ちゃんが欲しいんだね。どんな治療をしているの?」
不妊治療中というこの相談者は、やや疲れた表情。
「子宮」というワードに惹かれ、ブログを読んで興味を持ったのだ。
治療内容などを詳しく話していた時、番長がやや強い口調で言葉を遮った。
「あなたの子宮から『もっと素直に』って聞こえる。顔の横に弱った色の子宮が見えます。このまま放っておくと絶望の詩を奏でてしまいそうね」
「え……絶望、ですか」
会場はシンと静まった。まさみも息をのみ、「けっこう厳しいんだ……」と呟いた。
番長は早口でまくし立てる。
「医療に頼りっきりなの。自分の体のことは自分が一番よく分かっているはずなのに」
「……お医者さんに頼っていてはダメでしょうか」
「任せっぱなしじゃん。子宮内膜症だって自分で治せるんだよ。自分の体は自分しか治せないのに、お医者さんに言われて制限されていることがたくさんあるはず。妊活に良いものとか、ダメなものとか一度全部リセットして、子宮の本音に耳を傾けることじゃないかな」
常識や医学的にはとんでもないことでも、謎の説得力に押し切られているようだ。観客席では頷いている人も目立つ。
「私は妊娠中にタバコも吸ったし、お酒も飲んだよ。そうしたいって思ったから。赤ちゃんをはぐくむ器(うつわ)が、自分の体がそう反応したんだから間違いない。自分がエビデンスになったんだよ」
無茶苦茶な理論でも、この会場のファンはブログを読み漁ってそのことを織り込み済み。誰も動揺していない。
むしろこれが番長あきスタンダードだ。
「私にも、子宮からの詩が聴こえるのでしょうか……」
その不安げな質問を一喝するように返した。
「子宮の詩は感じるの。感じることが聴こえること。自分がそうしたいって反応するだけ。今あなたは、何かを変えたいって思ったんじゃない? もう治療して2年でしょう? どうなの? 変わりたいでしょ?」
やや怯え、感極まったように涙声になる相談者の女性。
「何をやってもダメで、あきちゃんのブログを読んでいろいろ実践しても子宮の詩は聴こえなくて……。私の子宮はダメなのかなって……。でも、ずっといろいろ辛かったから……」
その様子に、会場からもすすり泣きが聞こえ始める。ぽつぽつと拍手が起こり、励ましの声に変わっていく。
「すみません……ありがとうございます」
女性がそう言うと、ついに番長あきが立ち上がった。
相談者の肩に手を置いた。
何かを念じるように目を閉じている。
「聴こえたよ、あなたの子宮から……。私は産める。必ず産める。大丈夫。私は大丈夫。私はあなたの子宮。だから大丈夫。もっと自分らしく。私らしく。もっと私らしく……。大丈夫」
ゆっくりと言葉を繋ぎ、微笑みかける番長あき。
厳しく突き放した後の静かで優しい肯定の言葉。それを聞きながら相談者はついに顔を覆って号泣してしまった。
「ああ、ありがとう……。ありがとうございます……」
静けさの反動のようなどよめきと拍手が起こる。
詩の内容はどうでもいいようだった。誰も疑問に思っていない。
こんなに大勢の女性の憧れの存在である番長あきには、やはり評判通り、悩みを持つ人の子宮からの「本音の詩」が聴こえているのだ。そのことを目の当たりにした瞬間だった。
「よかったね。パワーもらえたと思う。絶対大丈夫だよ」
ラッキーが明るく言い、促されて一礼した相談者。大きな拍手を贈られながらステージから降りた。
「すごい。やっぱりすごいよ。あきちゃんは……」
タムタムが涙ぐんで言うので、やや放心していたまさみも何度も大きく頷く。
厳かなBGMが流れ、ステージだけが明るく照らされている。
鳴りやまぬ喝采が未知のセミナーに参加している高揚感を増幅させ、信仰心を掻き立てる。
緊張気味だったまさみも、すっかりこの場の一員として溶け込んだ。
もはやこの場の誰もが、番長あきの不思議な力を信じきっている。
― ⑥に続く ―
(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)