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子宮の詩が聴こえない2-⑨

第1章から読む) (⑧を読む

■| 第2章 弥生の大祭
⑨「悪夢の正体」


港に着いたフェリーから、派手な服装の女性が次々と上陸して来る。

それを出迎えるのは島内から集められた有志の人々。
「歓迎・弥生祭の皆様」と書かれた旗を持ち、お決まりのフレーズを叫ぶ。

「おかえりー! ようこそー!」
女性が来島すれば「お華襟(かえり)」と声をかけるのが恒例だ。

到着した「信者」は、島民の姿を見るや写真をおおはしゃぎで撮りまくり、大型バスやタクシーに乗り込んでいく。

歓迎団のうしろに隠れていた亜友美は、いま到着したふりをしてスルスルとバスに近付き、そのまま乗り込んだ。

歓声が広がる車内で、亜友美が目をつけたのは、プリントアウトしたらしき弥生祭のパンフレットを持って一人でいる女性だ。

「隣、いいですか? フェリー、疲れましたねえ。きょうはお一人で?」
「あ、はい……」
「実はスケジュールを持ってくるのを忘れちゃって。そのパンフレット、撮らせてもらえませんか?」
「どうぞ」

やや強引な亜友美をちょっと嫌がるようにして、女性は弥生祭のパンフレットを渡した。
スマホで撮影したイベントの内容をすかさず誠二らに送る。
そのままバスは出発。それぞれの宿泊先や、子宮宮殿へと運ばれるのだ。


「亜友美ちゃん、うまくいったみたいだな」
ワタルはスマホに届いたスケジュール表を保存した。
子宮宮殿とイベント会場を眺めつつ、裏にある神社に向けて歩きだす。

「すげえな、こりゃ。カルト宗教もどきってそんな儲かるのか……」

弥生神社の敷地内の社務所には、「祝・開店」と書かれた花輪が並べられていた。
社務所の内部が土間付きの真新しいカフェのような造りになっている。

中を覗き込もうとすると、外を掃除していたらしい50代ぐらいのがっしりとした体型の男性が近付いて声をかけてきた。
「……何か?」

ワタルはちょっと焦りながらも得意の笑顔で応じる。
「宮司の金宮さんですか?」
「そうですが」
「東京から来ました新井と申します。現実研究出版たびマガジンの記者です。この弥生神社の噂を聞きまして」

名刺を渡して頭を下げると、表情がパッと明るくなった。
「ほお、東京から! 弥生祭でいらっしゃったの?」
「ええ。すごい会場ですね。あの宮殿も素晴らしい」
みるみる上機嫌になる金宮は、「どうぞお入りください」とワタルを招き入れた。

カフェ店内を見渡すと、大きな水晶玉や、龍の置物、不思議な文字の掛け軸などがところ狭しと並べられている。

「いい趣味……のお店ですね。神社で喫茶店を経営されているんですか? もしかして、建て直したばかり?」
「弥生祭に合わせて完成したんです。ちょうど今日これからオープンで。記者さんが来たのは初めてですよ」
「それはそれは、開店おめでとうございます。良い観光スポットになりそうだなあ……。アポなしで申し訳ないのですが、取材をお願いしても?」

カバンからメモ帳とデジタルカメラを出すワタル。
持ち上げられ続けた金宮はさらに目尻を下げる。
「是非とも。お客さんも来そうですからお店の準備をしながら。おおい!」
奥の方を呼ぶと、店員らしき女性数人が慌ただしく現れた。


大型バスが2台、大きな音を立てながら通り過ぎる。
それを見て、がっくりと肩を落とすのは「島の魅力発信隊」サイトを運営する山本宏時だ。
「いよいよ本格的に祭りのための来島者も増えてきた。どうしようもない……」

早池町長と対立したことで、町役場内にあった事務所を撤退させられた。
現在は公民館の一室を活動拠点にしている。

取材を快諾してもらった誠二は、出されたお茶を口にする。
山本の無念の表情を気遣いながらも尋ねた。
「どうして山本さんは早池町長に反対を? 若い人が島の改革をするのは、一般論として悪いことには思えないのですが」

山本は眉間に皺を寄せる。
「早池は、島の未来のことなんかこれっぽっちも考えていません」
「というのは? 何か確証があって……?」
「奴が東京からこの島に来たとき、多くの若者が彼の運営する自給自足の村づくりのようなことに参加しましたよ。それこそ、不自然なほどに若い移住者も次々に来てね……」

山本によると、島の魅力発信隊と移住初期の早池は関係も良好だった。
移住者による島おこしを何度も話題として取り上げて、連携もしていた。
だが、若者らは島民の制止をかまわずに森林を伐採するなどの好き放題を繰り返し、特に成果もなく村づくりを断念する。
もともと柄のいい連中ではなかったという。

早池が作ろうした若者の楽園は今は影も形もない。
だが、ネット上の評判はそうではない。

早池は業者に依頼して建設した自宅でさえもブログ上で「手作り」などと嘘をつき続け、「元IT企業カリスマ社員が手がけるフロンティア」などとネットで発信し始めた。
移住支援業のようなことも勝手に始め、その言動はエスカレートしていく。

実態を知らない者を中心に支持が広がり、ついには、力の落ちた高齢の現職町長を選挙で破るに至ったというのだ。

「ただの偽物が、ネットでつき続ける嘘だけでのし上がってしまった。町長になった早池は公約を何一つも実現できていません。そもそも虚栄心しかないから何もできるはずがない。町議会でもしどろもどろの答弁や欠席が目立つ。リコールの動きがあるのが救いです」

テーブルに置かれた誠二のレコーダーに向かうように、うつむきながら語る山本。

「そこに、今回のスピリチュアルイベント開催の話が……」
この誠二の言葉には、カッと目を見開いた。

「黒田さん、この弥生祭は早池が自分の力を示そうなんて単純な動きではありません。奴はこの島をミジンコブログ社に売った。これを聞いてください」
山本はスマホを取り出した。
保存されていた音声ファイルをタップすると、酒に酔った早池らしき声が流れてくる。

『産業なんかオワコンです。これからは情報の時代だ。私はね、ここに新しい国を作りたいんですよ』
甲高い、不快になるような声だ。

『ははは、国王は早池さんに任せますよ。でも、この島を国にするためには、思い切ったビジネスの軸が必要ではないですか』
早池と対峙しているらしきこの低い声の主は分からない。

『ビジネスの軸……。できるとしたら何ですか?』

『宮殿のように大きな拠点をつくります。そしてツアーを組んで海外から太い客を連れてくる。わが社の方で、中国の富裕層には既にこの計画を伝えてあります』

『ほう、それはいい。でも、おっしゃっていたのはスピリチュアルでの活動という話でしょう? そんなに儲けられるのですか』

『うまくやればね。要は経済の循環です。番長あきとラッキー祝い子には、何でも言うことを聞くファンがたくさんついています。洗脳しきってしまえばスピリチュアル・セミナーやグッズ購入のためにどんどんお金を使う』

『それと海外からのツアー客と何の関係が?』

『裏社会ながらグローバルで評価される手ですよ。金に困った女性信者を移住させ、稼ぐ場所を提供します。海外から来る富豪向けの“売春島”の完成だ。早池さんは町長として条例をうまく作るだけでいい』

ここでスマホの音声を止めた山本が、誠二と目を合わせた。
「これが、この島を売ったという言葉の意味です」
「この会話は、一体どこで誰と誰が……」
「弥生神社の社務所で。早池とミジンコブログ幹部の会話です」

メモをとる誠二の手が震える。
これこそ、この島に迫る悪夢の正体だ。

ミジンコブログ社が町長と結託して展開しようとしていることを公にできれば、大きなスクープになる。
おそらく子宮の詩を詠む会もそれで終わりだ。

安堵していた。
まさみからの置き手紙の内容をもう一度、思い出していた。


誠二君へ ……


― ⑩に続く ―
(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)


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